片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜


 つい長風呂をしてしまい、伊織さんがお風呂から上がるころには、夕食時を迎えていた。

 部屋に運ばれてきたのは、旬の食材を使った懐石料理。先付けに始まり、中でも中頃に出された山の幸を贅沢に盛り込んだ八寸は、味はもちろんのこと見栄えまで洗練されていて、もはや料理というより芸術だ。

 また癖で盛り付けの参考にしようなんて考えていたら、伊織さんに微笑まれて恥ずかしくなった。

 贅沢すぎる食事に舌鼓を打ちながら、料理に合わせて出してもらった地酒がまた美味しく、普段飲まないお酒が進んでいく。おかげで宿に到着したときの緊張は幾分薄れていた。

「こんなにゆっくりしたのは久しぶりだな」

 夕食後、窓辺の椅子で酔いを醒ましながら、伊織さんがしみじみと呟く。

 病院から呼び出しもなく、のんびりできる時間はそうそうない。その横顔はやけに穏やかで、彼も心から寛げているのだと感じた。

「ありがとう。時間作ってくれて。仕事休みもらうの大変じゃなかった?」
「大丈夫。それに、俺が来たかったんだ。新婚だっていうのに、緋真との時間もなかなかとれなかったから」
「……うん、そうだね。私も伊織さんと一緒に旅行できて嬉しい」

 素直な気持ちだった。けれど、伊織さんは探るようにこちらを覗き込む。

「本心で言ってくれてる?」

 先ほど温泉から上がった時も思ったが、あらためて温泉浴衣を身に纏った彼からは溢れるばかりの色気が感じられて、どくんと胸が飛び跳ねた。

 本当に、こんなに素敵な人と夫婦として旅行に来れたなんて夢みたいだ。

「……当たり前だよ。嘘なんかつかない」
「そっか。ごめん、疑って。ちゃんと確かめておきたくて」
「何を?」
「この間言ったこと、覚えてる?」

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