片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
 この間、と言われてもヒントが少なすぎる。しかしながら、伊織さんが「ちゃんと抱かせて」と言った言葉が不意に蘇ってきた。それもあって旅行の話になったのだから。

 伊織さんと私が考えていることは、同じなのかな……。

 頷くべきか迷っていると、不意に伸びてきた彼の手が私の手に重なる。

「……緋真が嫌なら、いつも通りに寝るよ。だから無理はしなくていい」
「あ……」

 意味がはっきりとわかり、伊織さんへと視線を移す。彼の瞳は微かに揺れていて、私の本心を探るかのように真っ直ぐにこちらを見つめていた。

 先日、自ら抱いてほしいと言ったくせに、ここまできて怖気づく。心臓の音がうるさくて、どうにかなってしまいそうだ。

 それでも嫌だと断る理由はなくて、小さく、だけどしっかりと頷いてみせた。

「……嫌なわけない」

 言葉でもきちんと伝えると、伊織さんは安堵したように口元を緩める。そして、「そろそろ寝ようか」と私の手を引いた。



 真っ暗な部屋に、枕元の間接照明がぼんやりと灯る。誘われるままベッドに腰を下ろすと、手を繋いだまま唇が重なった。乾いた唇を重ねるだけのキスは、次第に唇を食んで潤いを与えていく。

 何度も優しく丁寧に、互いの唇を食み合うことを繰り返して、どれくらいが経っただろう。どこか確かめるような口づけにもどかしさが募って、彼の腕をギュッと掴んだ。

 まるでそれを待ち構えていたように、唇をこじ開けてざらりとした舌が裏側を撫でる。舌先同士が絡み合うと、角度を変えながら深くへと入り込んできた。

「ふっ……」
 
 口腔の粘膜を隈なく舐めとっては、再び熱い舌を絡め合う……絶え間ない動きに息苦しさすら覚えるのに、その口づけは怖いほど優しくて胸の奥が熱くなった。

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