片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
 そっか。さっき抱かれた時だって、彼は私の背中を見ようとはしなかった。おかげで、火傷の痕のことなんて全く気にせずことを終えることができたのだ。

 だけど、このままじゃ伊織さんに抱かれる度に同じことを気にしてしまう気がする。

 ――そんな自分とはさよならしたい、

「ち、違うの。あまり近くにいると、またドキドキしちゃうからっていう意味で……背中のことは嫌とかじゃなくて、やっぱり怖くて……」
「怖い?」
「伊織さんは気にしないって言ってくれたけど、汚くないかなとか気持ち悪くないかなとか……やっぱり気になるの。嫌われたくなくて」

 長年背負ってきたコンプレックスは、簡単には消えない。実際過去に振られたトラウマもあるのだから尚更だ。

 素直な気持ちを伝えると、伊織さんの手がゆっくりと頬へと伸びてくる。
 俯きかけた顔を引き寄せられると、白い湯気が立ち込める中、すこぶる優しい瞳とぶつかった。

「俺が緋真を嫌うなんてありえないよ。そこは信じてほしい」
「伊織さん……」
「だから、嫌じゃなかったら見せてくれないかな」
「っ……」

 伊織さんは、絶対に私を拒絶するようなことは言わないだろう。

 根拠もない確信に頷くと、おそるおそる彼に背を向ける。お湯の中で膝を立てると、背中に冷たい空気が伝った。

 聞こえるのは、お湯が湧き出る音と水面が揺れる音。無言に耐え切れず目を閉じると、背中に彼の手のひらが添えられた。

「伊織さん……?」
「……汚くも、気持ち悪くもない」
「あ……」

 囁きながら、伊織さんの唇が背中を伝う。そのまま控えめに音を立てながら、背中全体に隈なく口づけを落としていった。

 丁寧に口づけを重ね、最後に私を後ろから抱きしめると、耳元で低い声が響いた。

「……全部含めて愛しいよ」
「っ……」

 熱い吐息が、耳の奥まで入り込んでこもっている。

「なん、で……」

 どうして伊織さんは、私にこんな風に愛を注いでくれるの……?

 親同士が決めたお見合い結婚で、お互いのこともまだ多くは知らないのに。
 私だってそうだ。なぜ彼のことを、こんなにも愛おしいと思うのだろうか。

「緋真」

 誘われるようにその声のほうへ顔を向けると、濡れた唇が重なった。

 啄むように何度かキスを交わすと、自然に向かい合って体を密着させる。

 そのあとは言葉などなく、互いの熱を分け合うような口づけを交わした――。
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