片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
幼い頃の記憶 Side伊織
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その日の仕事を終え医局へと戻ると、出発の時間までまだ余裕があった。自宅へ帰ろうか迷ったが、緋真がいない家に帰っても意味がないと、パソコンを起動させた。
明日学会にて発表する資料を確認し、最終チェックを兼ねて発表のシミュレーションを繰り広げる。
専門医の維持の為にも、定期的に学会での発表の場が設けられている。もちろん準備は通常業務とは別で行う必要があるので、なかなか時間を作るのは大変だ。ただこの研究については自らが望んで続けているため、苦ではなかった。
ひととおり問題ないことを確認し、一休みする。無心になったあと、すぐに頭に浮かぶこと。最近では専ら、緋真のことばかりだ。
――今夜は別々か。緋真も俺がいなくて寂しいと思ってくれているだろうか。
まるで初恋を拗らせた少年のように、彼女に恋焦がれる。そして次に思い浮かべたのは、温泉で見た緋真の背中だった。
彼女が負った熱傷は、深達性(しんたつせい)Ⅱ度に分類される。この熱傷によって形成され未だ存在感を残す肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)は、熱傷の範囲から見ても、切除は困難。そして植皮によって色濃く残る瘢痕と色素沈着は、今更内用薬や外用薬を使用したところで気休めにしかならないだろう。
現実的なのは、ステロイド注射と複数のレーザーを使用しての治療か……。どこまで元に戻せるかもわからないし、骨の折れる治療になるな。