片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
 白鷹院長からすれば、懐いているように見えるのか。俺たちのやりとりを見ていないのだから仕方ない、か。

 緋真とのことは、あれから何も問題にはなっていない。料理教室へも来ていないようだし、今ここで伝える必要もないだろう。
 
「悪かったね、時間をとらせてしまって。新幹線の時間は大丈夫かい?」
「いえ、最終なのでまだ余裕がありまして。別の作業をしておりました」
「そうか。相変わらず熱心だね。明日の発表の準備かな」

 院長がちらりとパソコンの画面へと視線を下ろす。
 否定をすれば何かを察したのか、「奥さんのことか」と頷いた。

「……申し訳ないね、私が力不足だったばかりに」
「そんなこと仰らないでください。あの時の処置は今考えても最善で――」
「あの頃は、ね。ただ今ならもっと良い治療ができただろうとたまに思うんだ。それもこれも、神花先生のように研究熱心な方たちのおかげだが。本当に君には脱帽するよ」
「……恐れ入ります」

 これまで絶えず研究を続けている分野、それは主に熱傷に関するものだ。もともと白鷹院長の専門も形成外科であり、大学時代彼が学会理事を勤めている熱傷学会にて“再会”を果たして以降、気にかけてもらっていた。

「私にできることがあれば協力するから。あまり根詰めないように。明日の発表も頑張って」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ、奥さんにもよろしく伝えてね」

 白鷹院長は、軽く手を上げて去って行く。

 彼がここまで俺を気にかけてくれる理由――それは言うまでもなく、緋真の火傷のことを知っているからだろう。そして、俺が形成外科医を志したきっかけもすべて。

 だからこそ彼に医師になる理由を伝えたときから、俺が責任感で押しつぶされてしまわないか気にしてくれているのだ。

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