片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
夫婦の告白



 夕方、実家から戻ると、ふらふらとリビングのソファに腰を下ろした。
 昨夜母からすべてを聞き、未だ頭は混乱したままだ。

 つまり伊織さんは、私の火傷の責任をとって結婚したってことだよね……。

 決して母はそうは言わなかったが、誰が考えてもわかることだった。実際、智美さんにも似たようなことを言われていたのだから。

 そう考えると、今まで疑問に思ってきたことすべてが腑に落ちた。父が突然持ってきた縁談話、伊織さんほどの完璧な男性が結婚に前向きだった意味、そしてなぜ彼がここまで私を大切にしてくれるのか。それはすべて、二十年以上も前に起きた事故に繋がっていたのだ。

 半信半疑だった部分もあったが、母の話を聞いてぼんやり思い出した。遠い昔、どこかの厨房で見た光景に、誰かがそばにいたことを。何より母が嘘をつく必要なんてないのだから。

 過去を知って、彼の愛に浮かれていた自分が、甚だ滑稽に思えた。

 伊織さんの人生を狂わせたのは私自身。この結婚だって彼の責任感と優しさから。伊織さんの好きなところだというのがまた皮肉なものだ。

 彼のことを思えば身を引いたほうがいい。そう、わかってはいるのに……これからどうすればいいのか、正解がわからなかった。

 昨夜から考え事ばかりで、あまり眠れていない。そっと目を閉じると、そのままうとうとと意識を手放した。





「……さ……な」

 ――ぼんやりとした意識の中、誰かが私を呼ぶ声がする。
 柔らかくて、心地良い声色で。

「緋真」
「ん……」

 ぱちりと目をあけると、夕陽に染まっていたリビングは、いつの間にかカーテンが閉められていた。

 傍には、いつの間にか帰宅した伊織さんが立っている。
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