片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
「でも、上手く行っててよかった。前に白鷹さんのこととかあったから心配してたんだ。最近は教室にも来なくなったみたいだね」
久しぶりに聞く智美さんの名前にドキリとする。彼女とは、以前ビルの下で待ち伏せされていた時以来顔を合わせていない。また何かされるのではないかとしばらくは不安だったが、ぱたりと気配を消した。
伊織さんから聞いた話によると、前は病院でも伊織さんに話しかけてくることが多かったらしいのだが、最近はめっきりなくなり、業務上での関わりしかないとのこと。
あまりの変わりように嵐の前の静けさのような恐怖を感じたけれど、今のところ平穏な毎日を過ごしている。
「職場まで来るって相当だし、念のため気を付けたほうがいいかも」
「うん、そうだね……」
「まあ緋真ちゃんには、伊織さんがいるから大丈夫だと思うけど!」
そうこう話をしているうちに、伊織さんから病院を出たと連絡が入る。郁ちゃんに断りを入れると、足早に教室をあとにした。
◇
伊織さんと合流した後は、近所のカジュアルフレンチで食事を済ませた。お互い明日も朝から仕事があるため滞在時間は短かったけれど、充実した気分で帰路につく。
伊織さんはごく自然に私の手を握ると、体が触れ合う距離まで引き寄せた。
「どうしたの?」
「こうして一緒に外歩くことも少ないから、恋人気分を堪能しようと思って」
「ふふ、何それ」
「大事だろう。恋人期間を飛ばして夫婦になったんだから」
言われてみればその通りだ。こうして仕事終わりにデートをすることも、手をつないで歩くことも、世の中の恋人たちが普通にしている行動は、私たちには不足している。
「普段も一緒にいられる時間は長くないから、こういう時間は大切にしたいんだ」
「……うん、そうだね」
私を想う、彼の心に胸が温かくなる。