片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
「伊織先生が帰国したら、私がお見合いをする予定だったのに……父から伊織先生には他に相手がいるから無理だと言われました。聞いたら、伊織先生が医師を目指すきっかけになった相手だとか父も楽しそうに話していて……。調べたんです、二人のこと。緋真先生はありがたいことにそこそこ有名人でしたしすぐにわかりました」

 だから料理教室もすぐに特定されたのだろう。
 自分の知らないところで調べられていたと思い、さらに恐怖が募っていく。

「それで調べていくうちにわかったんです。緋真先生の火傷のことも、父が昔緋真先生の治療に携わっていたこともすべて」
「え……?」

 白鷹院長が、私の治療に……? そんなの初耳だ。

「でも蓋を開けてみたら、くだらなくて笑っちゃいました。怪我をさせた女の子のために医師になって結婚する? そんなの運命でもなんでもない、呪縛ですよ呪縛。だって伊織先生はそのせいで――」
「白鷹さん。もうそれ以上は言わないで。帰ってもらえるかな」

 冷たく鋭い声色で、伊織さんが口を挟む。横顔だけでも、彼が今怒りを露にしていることはすぐにわかった。

「私は伊織先生のことを思って……」
「君にプライベートを心配される筋合いはない。妻のことを不安にさせたくないから、金輪際、妻に関わらないでほしい。約束できないなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらうよ」
「なん、で……。伊織先生を先に好きになったのは私。初めて入院中に会ったときから一目惚れして、ずっと好きだったんですよ? でも、すぐアメリカに行くって聞いたから、邪魔しちゃいけないと思って。戻ってくるまで待とうって決めてたのに……あっさり別の人のものになって……」

 猫が鳴くような小さい声で、智美さんが語り出す。彼女の告白は独りよがりにも聞こえるが、本気で伊織さんを好きなことはひしひしと伝わってきた。

「伊織先生だって、私だけ特別扱いしてくれてましたよね? いつだって優しくて、私の気持ちに気付いているはずなのに突き放すようなこともしなかったですし。なのに緋真先生と結婚するなんて、あんまりじゃないですか?」
「……白鷹さんのことは、院長からも頼まれていたんだ。そのことは君も知ってていつも言ってるだろ」
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