片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
「それは……」
「正直白鷹さんの好意には薄々気付いていたけど、自分なりには適切な距離を保っているつもりだった。でももしそれが逆に、気を持たせるようなことだったなら申し訳ない。改めて、白鷹さんの気持ちには応えられないし、妻とは離婚する気もないよ」

 感情的な彼女に対し、伊織さんはあくまで冷静に受け答えをする。
 その態度が気に入らなかったのか、智美さんはさらに顔を歪ませた。
 
「やっぱり……みんなみんな、私が院長の娘だからって優しくしてくれるんだ。確かに父の名前を出すことはあったけど……それでも伊織先生だけは違うと思ってた。だから好きになったのに……結局父への点数稼ぎだったんですね」
「点数稼ぎなんかじゃない。院長には、すごくお世話になってるんだ。感謝してもしきれないくらい。それに白鷹さんのことは――」
「どうだっていいです! どうせ、私が院長の娘だったっていう事実は変わりないから」

 初めて智美さんに会ったとき、彼女は「名字は嫌いだから名前で呼んでほしい」と申し出た。もしかするとそれは、院長の娘であることへのコンプレックスだったのかもしれない。周りが彼女を肩書きでしか判断しないから。

 これは憶測ではないけれど、伊織さんだけは智美さんに下心なく接していたのかもしれない。はじめは患者として、今は同僚として。彼はそういう人間だ。
 
「でも、それならもういいです。立場も含めて使えるものは全部利用すればいい。私はずっとそうやってほしいものを手に入れてきたから」
「何言って――」
「私も緋真先生みたいに傷を負えば、優しい伊織先生なら責任取ってくれますよね?」

 次の瞬間、智美さんは鞄の中から茶色の薬瓶を取り出す。蓋を開けると、私たちに見えるように差し出した。

「白鷹さん、それ……」

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