片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
「……謝らないでください。あの時処置してくださったことも、これまで何も問題なく過ごせたことにも感謝しているんです」

 幼いころに負った傷は、成長過程でひきつれを起こすなどのトラブルもあるという。痕は残ってしまったものの、問題なく過ごしてこれたのは白鷹院長のおかげなのだろう。

「私は小さかったこともあって、事故当時の記憶がほとんどないのですが……。治療していただいてありがとうございました。こうし私を救ってくれた方にお会いできるなんて、思ってもいませんでした」

 丁寧に頭を下げれば、白鷹院長はどこか困ったように眉を下げた。

「謝りに来たのに、逆にお礼を言われるなんてな。神花先生も緋真さんも人が良すぎる」
「そんな……」
「神花先生が愛妻家な理由が改めてわかった気がするよ」
「えっ」

 伊織さんが、愛妻家……?

「正直、二人のことを知っている身としては心配してたんだ。神花先生は責任感が強い人だから、無理してるんじゃないかと。それは結婚に対してもだが、仕事も研究もいつも根詰めてやっていたからね」
「はい……」
「だが杞憂だった。結婚が決まってから神花先生は一層明るくなったし、張り詰めていた気が緩んだ気がしたんだ。だから、きっと緋真さんのことを心から想ってるんだろうと微笑ましかったよ。そもそも彼が医学生時代から研究熱心だったのも、全部緋真さんのためだったと思えば随分と一途な愛に思えてしまって。神花先生の原動力はずっと前から緋真さんだったんだね」

 私が、伊織さんの原動力――そんなこと、考えたこともなかった。

「院長、もうその辺で……」

 遠慮なく話し出した白鷹院長に、伊織さんが口を挟む。その横顔は珍しく照れくさそうだ。

 第三者から伊織さんの印象を聞くのは初めてで、こんな時だというのに嬉しいと思ってしまう。伊織さんの言葉も信じてはいたが、白鷹院長から聞くとより信憑性が高まる気がした。

 おかげで空気が和らいだところで、白鷹院長は話を切り上げる。

「……それじゃあ、今日はもう遅いから失礼するよ。緋真さんもゆっくり休んで」
「はい、ありがとうございます」
「これからのことは落ち着いたらまた。伊織先生とお話させてもらうよ」

 最後にもう一度頭を下げると、彼は処置室を去って行った。
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