片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
◇
自宅に戻りベッドに入るころには、深夜を回っていた。
先にベッドで体を休めていると、寝支度を整えた伊織さんが寝室へやってくる。
「時間、遅くなっちゃったね。明日の朝はいつも通り?」
「ああ?緋真こそ仕事は大丈夫?」
「気にしないで。伊織さんより全然ゆっくりだから」
「そう……」
伊織さんはそのままベッドに入るかと思いきや、私の方へ回り、その場に膝をついた。その姿に思わず体を起こす。
「伊織さん……?」
「緋真、本当にごめん。今日のことじゃなくて、これまでのことも含めて。たくさん不安にさせた」
「もう謝らないで。伊織さんは何も悪くないんだから」
伊織さんは以前、智美さんに私に近づかないよう釘を刺したらしく、そのことで彼女の気持ちを逆撫でしてしまったのでは、と責任を感じている様子。それから、もっと早く智美さんに対してしかるべき対応をとるべきだった、と。
智美さんの伊織さんへの好意が原因で起きた事件ではあるものの、それが伊織さんを責める理由にはならないのだ。
「私は大丈夫だから。院長先生も、もう近づかないようにするって仰ってくれたし。さすがに何もないと思うよ?」
「……でも、まだ怖いだろ」
伊織さんが、そっと私の手を握る。そこで初めて気づいた。自分の手が微かに強張っていることに。何時間も前のことなのに、先ほどの光景が頭から離れないのだ。
「俺の中で……もう二度と緋真の体も心も傷つけないって誓っていたのに、また傷つけていたかもしれないなんて。医師になって治療はできるようになっても、緋真の不安は取り除いてやれない。俺は、緋真のことを不安にさせてばかりだな」
悔しさを吐き出しながら、握られた手が震えている。怖いのは私だけじゃない。伊織さんだってそうなんだ。