片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
 私の気持ちを読み取ったのか、伊織さんは小さく笑みをこぼして私の手を取った。

「写真はこの後撮るよ。でもその前に、少しだけ時間をくれないかな」
「あ……」

 ゆっくり手を引かれ、バージンロードを進んでいく。奥の祭壇の前に立つと向かい合う形になり、伊織さんが私の手を取ったまま跪いた。
 参列者も神父もいないのに、まるで二人きりの結婚式みたい。

「今日ここへ来たのは緋真のドレス姿が見たいっていうのもあるけど、もう一度やり直したかったからなんだ」
「やり直す……?」
「正式に結婚式は終えたけれど、あの時はまだ緋真にちゃんと言えてなかった言葉がたくさんあったから。だから、今日は改めて俺の気持ちを聞いてほしい」

 伊織さんはいつになく真剣だが、表情はすこぶる優しくて穏やかだ。
 私を真っ直ぐ見つめる琥珀色の瞳は、光をいっぱいに浴びて輝いていた。

「確かに俺は、緋真に火傷を負わせたことにずっと責任を感じているし、この先忘れることはないと思う。それもあって縁談を申し込んだわけだけど、実はもうひとつ理由があるんだ」
「もうひとつ?」
「俺は、あの事故のあとすぐに医師を志したんだ。もしあの目標がなかったら、今どうしていたかわからない。おそらく適当に大学を卒業して父さんの会社を継いで……もちろんその人生も悪くないけど、今ほど充実はしてなかったと思う」

 医師になるまでもなってからも努力の日々で、苦労は絶えなかったが、ここまで真剣に取り組んでこれたのは全部私のおかげだと伊織さんは話す。

 私は幼いころに一度会っただけで、何もしていないのに。そう伝えると、彼はふるふると首を振った。

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