キスだけでは終われない
ここには父が若い頃に描いた絵が展示されていて、学生の頃はよく来ていた。ここにある父の絵はシンガポールにいた頃に描かれたもので私のお気に入り。懐かしさもあり、しばらく眺めていた。
そんな姿を見られていたとも気がつかずに…。
美術館を出ると二人の男性が近づいてきて声をかけられた。
「お姉さん、一人?一緒にお茶でも行こうよ」
こんな状況に慣れていない私は何も言えず通り抜けようとすると、一人の男に腕を掴まれてしまう。
その瞬間…恐怖を感じ心臓がドクドクと大きな音をたて、息の仕方を忘れたように呼吸が浅くなり始めた。そんな私の変化に気づかない男は私の腕を引き歩き出そうとする。
「少しの時間でいいからさ。さぁ、行こうよ」
引かれた腕につられるように足が前に出そうになる。留まろうと足に力を入れるが、体が震えてきて思うように力が入らない。
…いや…嫌々…う…そ…嘘でしょう…どうしたらいいの…。
助けを呼びたいのに声が出せず、俯きながら首を横に振っていた時、私の腕を掴んでいた手の力が急に弱まり、次いで横に並んだ男性が私の肩に手を回して言った。
「お待たせ!ごめんね。遅くなって」
その男性は私の腕から男の手を剥がし、二人の男を睨み付ける。
「僕の彼女に何か?」
その低い声で放たれた言葉を聞いた男たちは足早にこの場を去っていったが、すぐに体の震えが止まることはなく、呼吸もハアハアと浅く早くなっていた。