キスだけでは終われない
月曜日の朝7時にインターホンがなった。
すでに着替えを終えていた私を見た彩未ちゃんが「やっぱり」と言って部屋の中に入ってきた。
「その服装だと前と何も変わってないよ」
「いや、あの、もうすぐ出る時間だし」
と言っても当然聞いてくれることはなく
「着替えるわよ。これ」と、渡された服はベビーピンクのブラウスで五分丈の袖部分がレースになっている。ボトムは紺の膝丈フレアースカート。パンプスは普段私では履かない7センチのピンヒール。
「あの…これで仕事に行くの?さすがにこの高さのヒールじゃ転んじゃうよ」
と困惑の顔をする。
「そうよ。これを着て、それで会社の人たちも香苗が可愛いって言ってくれば、もう『私なんか』なんて言えなくなるでしょ。手っ取り早く自信つくから。まぁ、パンプスはもう少し低くてもいいか」
顎に手を添えて真面目な口調で語る彩未ちゃん。
なんとも、そんな単純に周りの人たちが変わることはないだろうし、自信がつくわけでもないけれど、こういう彩未ちゃんには逆らうだけ時間も労力も無駄なことは長い付き合いでわかっていたので、渋々ではあるが着替えをする。
「最後はメイクね。これでよし。ほら可愛くなったじゃない。今日からはこんな感じで仕事してきなさいね」
彩未ちゃんは笑顔で私の手を引き、一緒に家を出て車で送ってくれた。
普段の私がラッシュを避けて早めに出勤していたことを知っているからだけど、今日は送ってもらえて安心した。