キスだけでは終われない
「なんだろう…、この既視感みたいな感覚」と思わず口から零れた。
お仕事の途中だったのに私の不注意で悪いことをしてしまったと考えつつ、次の約束をしてしまった自分にも驚いていた。
でも、私だって初対面の男性とお話ができるじゃない。
そう思うだけで、少しだけ変われたような気分になっていた。
騙されているのかもしれないという気持ちがあったけれど、昼間に別れた場所へ約束の時間に行くとすでに彼が待っていた。
「本当に…いた…」と呟く。
少し離れた場所からでもすぐに目に留まる彼は、やはり背が高く細身なのにバランスの良い体躯をしていて、とても目立っている。
スーツの上着を掛けた腕から待ち合わせの時間を確認しているのだろうか、腕時計を見ているだけなのに、通りすぎる女性たちが振り返ってしまうほど様になっている。
今まで生きてきて一度も男性と付き合ったこともないくせに、旅先で、しかも数時間前に会った通りすがってしまうような人と、食事に行くなんてハードル高いと思っていた。
けれど、これはこの旅の目的の一つでもある。素敵な思い出が欲しかった私としては引き返すなんてこともせず、声をかけた。