キスだけでは終われない
「長期の海外出張まであるって、大変なお仕事ですね」
「あぁ…そうだな。でも、とてもやり甲斐を感じているから、それほど大変だとは思っていない」
真剣に見つめてくる彼の瞳に囚われる。
「あっ、私はもう家が恋しくなってて、明日帰るのでちょうどいいんだなって思ってます。帰ったら仕事もしなくちゃいけないし…」なんて、慌てて余計なことを口走ってしまう。
「そうか…明日帰るのか…」と複雑な表情をされると、私の気持ちまで複雑になってくる。
「だから、最後の夜にこんなに美味しいご飯が食べられて、いい思い出になりました。ありがとうございます」
「いや、たいしたことではない。こちらこそかなり強引だったかと思っていたので、そんな風に言ってもらえて良かったよ」
男の人と二人きりで食事をすること自体が初めてのことだったのに、とても楽しい時間だった。
この人が纏う空気と耳に心地よい声が、私の何かに反応するみたいにドキドキしていた。それでいて気持ちを落ち着かせてくれる。不思議といつも男の人に感じるような恐怖心はなかった。
「ごちそうさまでした」
二人、それぞれに手を合わせ美味しい食事に感謝した。
「さあ、行こう」
彼が席から立ち、私の席の隣に来て手を差し出してくれる。
そんな紳士的な対応に戸惑いつつも自分の手を重ねてしまう。
手を握られると心の中に湧いてくる初めての感覚があった。