キスだけでは終われない
俺は副社長就任が決まり、本格的に始まるシンガポールでの事業の陣頭指揮を取るため、しばらく日本を離れることになり、横浜にある関連施設などに挨拶回りをしていた時だった。
その一つである美術館でお世話になった館長と館内を回っていると、一人の女性に目が留まる。見た目の綺麗さだけではない、真剣な目で絵画を観ている姿が凛としていて、気がついたら見惚れていた。
彼女の周りだけ色が違って見えた気がした。その佇まいに妙に心惹かれたのを覚えている。
「綺麗な子だな」くらいに思い通り過ぎようとしていたが、俺が彼女を見つめていても気がつかないくらい真剣な眼差しで一心にその絵を観ている姿に目が釘付けになった。
その眼差しを自分に向かせたいという思いが生まれた。
その彼女が美術館を出たところで二人の男に絡まれているのを見て、自然に体が動いていた。
彼女が困っていそうだと感じると、すぐに近づいていき彼女の肩に手を回して声を掛けた。
「お待たせ!ごめんね。遅くなって」
そう言って二人の男を睨む。
彼女はとても怯えているようだったが、そんな顔すら可愛く思えた。
腕を回して抱いた体は細くて、そして、ガタガタと震えていた。