キスだけでは終われない

彼女は俺と初めて会ったかのような態度だったことを思うと、気持ちの温度差を感じて寂しくなった。

「女性に忘れられてるなんて…初めてかもな…」

思うように仕事が進まずに手を休めたところで、オフィスの窓から外を眺めていると飛行機が見える。

今日、彼女は日本に帰ると言っていたが、俺は午後から新しく始まるブラニ島の開発についての会議があり、追いかけることすら出来ない。

また深いため息とともに呟き、デスクに顔を伏せる。

「そんなに忘れられないくらい大事なら、なんで先に連絡先を聞いておかなかったんだよ…」

呆れ口調で和樹に言われて、舞い上がっていた自分が思い出され虚しくなった。

「今朝、起きたら連絡先を聞いて、彼女と時間が許す限り一緒にいようと考えていたんだよ」

今朝のあの寂寥感は当分引きずりそうだと感じている。忘れたくても簡単には忘れられそうもない。

俺がつけた所有の印はいつまで残っているのだろうか。
そもそも彼女はその印に気づくだろうか。

彼女の透き通るような白い肌と甘い唇の感触が俺の記憶に追加されてしまったというのに。
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