キスだけでは終われない
まぁ、社会人になってから仕事で男性との関わりが増え、今では話しかけられるくらいは平気になっていた。
「話すくらいなら平気になったけどさ…。どこまで大丈夫かなんて未知なのに…」
とため息とともに吐き出した。
祖父の話していた彩未ちゃんとは三歳上の私の従姉妹。父方の従姉妹だから祖父とは血が繋がってはいないが、子供の頃は私とよく一緒に過ごしていたため祖父の家に一緒に行くことも多かった。そして、祖父は孫の私同様に彩未ちゃんも可愛がってくれていた。
彩未ちゃんと私は祖母がイタリア人だったこともあり、目鼻立ちがはっきりしている。子供の頃二人は「よく似ている」と言われていた。そして、クルミ色の大きめな瞳と髪が日本人離れしていて「可愛いわね」と人目をひいていた。
彼女はモデル兼デザイナーとして活躍していたこともあり社交性も高く、華やかさも持ち合わせている。今は伯父が社長であり私の勤務先でもある会社のブランドの一つ「リュクスマリエ」というドレスブランドのマーチャンダイザーとして活躍している。
私も彩未ちゃんに憧れていたこともあり、彼女が見立ててくれたかわいい服を着ていることが幸せだった。
あの時までは……。
大人になったら恋をして好きになった人と結婚出来たら……なんて漠然と思っていたものだった。
でも、あることがきっかけで男性が近くにいると呼吸が上手くできなくなり、体が震え出すようになり会話もろくにできなくなってしまった。
結果、恋愛というものを知らずに27年間生きてきた。
地味でいるために髪は黒く染めた。黒か紺のパンツスーツを着て、背中まである髪は後ろで一つに結び、黒縁の眼鏡を掛けている。メイクは最低限のファンデーションと口紅だけ。
どこにいても目立たない存在になるようにしていたから、私が会長の孫だなんて誰にも知られていないと思う。
こんな地味で冴えない私がなぜアパレル関係の会社に勤めているのか疑問に感じている人も多いのではないかと思っている。
でも、怖いことや嫌なことされないようにと地味に日々を過ごしてきたけれど、他人から見向きもされなくなったことで自信を喪失していき、密かに綺麗になって注目されたいと願う矛盾した気持ちと葛藤もしていた。