キスだけでは終われない

最近、終業時間になると食事に行こうと声をかけられることが増えた。今まで職場の人たちと仕事以外で関わりを持ってこなかったから、新鮮なことが多く刺激的な日々が過ごせている。

今日はお祖父様と約束させられてしまったから、誰かに声をかけられる前にこっそり帰ろう。

そこは以前のように終業時間になったらすっと席を立ち、エレベーターに乗ってしまえば良いだけのこと。

エレベーターでは一番奥に立ち、1階で降りた人たちが振り向く前に扉を閉める。

地下まで降りるのは車で通勤している役員たちくらいしかいないから、誰かに見られることはないはずだし、ここまで来れば大丈夫。

お祖父様の停まってる車に近づくと助手席のドアが開いた。

「香苗さん、どうぞ」と秘書の平井さんがスマートに後部座席のドアを開けてくれた。

「お祖父様、お待たせしました」

「いや、わざわざ悪かったのう。仕事の方は大丈夫だったか」

「大丈夫です。もう、5年も勤めてるんですから、そんなに心配しないでください」

「まぁ、暁斗君からだいたいは聞いているがね。最近は人間関係も良好なようだな」

そんな会話をしていると都心にあるとは思えないほどの緑に囲まれた敷地へと車が進んでいく。車が停まり、降りたところには白い壁の素敵な洋館が建っている。
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