キスだけでは終われない

カクテルを飲んでいるとふと思い出されるシンガポールでの一夜。目の前にいるこの人にはあの時の彼マサキと似た雰囲気が漂い、気持ちが落ち着かなくなる。

「ところで、今ヴェスティエとうちでコラボ商品を開発中なのは知ってる?それで最近僕が君の会社に良く行ってて、香苗さんは営業事務で企画製作は担当していないって聞いてるけど、会長から話を聞いていたから何度か仕事中の君を覗いていたんだ」

「全然知りませんでした」

「うん。会長が君に見つかると後で怒られるからって、そっとね。その時から可愛いと思っていたんだ」

「あの…。私…」
どう答えたらよいのか困ってしまい、下を向く。

「困らせるつもりはないけど、少しずつでいいから、僕のこと知ってよ。ついでに僕に惚れてくれると嬉しいんだけど、ね」

ウインクと一緒に言われた言葉にドキドキしてしまった。

私ってこんなことで動揺するくらい節操なしだったの?まだあの時の彼とのことが想い出になってないのに…。

なんだろう…別人なのに不思議と怖さを感じさせないところが似ていて、気を許してしまいそう…。

その後、私たちは連絡先を交換し、きちんと家まで送り届けてもらった。
< 73 / 129 >

この作品をシェア

pagetop