キスだけでは終われない

「…私にとってはあの日のことは旅の想い出の一つでしかありません。正直…本当に自分がしたことなのかも自信がないくらい、あの場の雰囲気にのまれてしまっただけなのかもって…」

「あの場って…あの時俺を求めたことが雰囲気にのまれただけなんてことはないはずだ」

「自分で自分の行動が信じられなくて。初めて会った人と…お酒を飲んでいたとはいえあんなこと…目が覚めて気がついたんです。決して良いことではない…と。だから…忘れてください」

「嫌だね。俺は諦める気はない」

彼の真剣な眼差しが私を追い詰める。でも、応じる訳にはいかないと、下を向き無言を貫く。

しばらくするとブブッというスマホの振動音が聞こえ「はぁ…」というため息とともに囲まれていた腕が壁から離れていく。

「時間切れだ…修一が探してる」

「………」

「カナ…俺は…。いや、また別の機会に話そう」

柾樹は先に会場に戻って行った。遅れて会場に向かった私を見つけた修一さんが近づいてきて、心配そうな顔をしていた。

「香苗さん、遅いから心配したよ。明日のことがあるから、もう帰ろうと思っていたんだ」

修一さんは私の背中に手をあて「送っていくよ」と歩きだした。

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