秋恋 〜愛し君へ〜
〜次は玉川学園前、玉川学園前にとまります〜

アナウンスが流れ、腕時計を見ると1時間以上経っていたのだが、なんだかあっという間だった。俺は「着きます、降りますよ。歩けますか?」と彼女の腕をそっと揺らし顔を覗き込んだ。彼女は目をつぶったまま軽くうなずいた。ゆっくりと電車が止まり扉が開いた。俺は彼女のバッグを自分の右肩にかけ左腕をを彼女の背中に回し立ち上がらせ、しっかりと支えた。おぼつかない彼女の足取りはほとんど宙に浮いていた。一旦ホーム脇にあるベンチに座らせ、再度彼女の顔を覗き込んだ。

「鍵、バックの中ですよね取りますよ」

そう告げ、了解を得ずに取り出した。その時の彼女は返事をする気力さえ残っていなかったのだ。俺は体制を整え彼女をおぶった。体重ではない彼女の人としての重みがずっしりと背中を通して伝わってきた。
改札を抜け駅を出ると、確か右と言っていた。そう思い出し右へ進んだ。しばらくまっすぐ行くと左手に3階建てのアパートが目に入った。近寄ってみるとアーチ型の入り口にサンズヒルどお洒落な文字で書いてある。でもここにはエレベーターがない。左正面にある階段を上り203を探した。階段側から3番目だった。俺は手にした鍵を恐る恐る差し込み、ゆっくりと回した。カチャッ、という音。
開いた。
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