秋恋 〜愛し君へ〜
俺の不安など知る由もない彼女はぐっすりと眠っている。その寝顔は100年の眠りについた眠り姫を思わせる。こんな発想をしてしまうのは姉貴のせいだ。俺は幼い頃グリム童話にハマった姉貴に何度も読み聞かされた。『三つ子の魂百まで』末恐ろしい。

「長谷川くん」

彼女が俺を呼んでいる…

俺はハッとした。部屋中がうっすらと明るい。彼女の寝顔を一晩中見ていようと思ったのに大失態だ!

「ずっといてくれたの?」

体を起こそうとした彼女を俺は慌てて支えた。そして彼女の額にそっと手を当ててみた。熱は下がっているようだった。

「体温計ありますか?」

「うん、あそこのローボードの引出し」

彼女はテレビが置かれている方を指差した。

「わかりました」

俺は引き出しの中から体温計を取り出すと彼女に手渡した。

「水、飲みますか?」

「うん」

俺は昨日買ったミネラルウォーターを食器棚から取り出したグラスに注いだ。

「ごめんね」彼女が呟いた。

「自分の体に謝ってください。無茶しすぎですよ」

悲しげな表情をしている彼女に、そっとグラスを握らせた。ちょうど体温計の音が鳴ったので、彼女が服の下から取り出すと、俺はすぐに取り上げた。37.2℃だった。

「樹さん、今日オフですよね。しっかり休んで下さい。無理はNGですよ」

俺が微笑むと、ちょっとだけ彼女の表情が緩んだ。

「レトルトですけど、お粥食べますか?」

彼女は一度だけ左右に首を振った。

「じゃぁ、今じゃなくていいんで、絶対食べてください」

彼女は頷いた。子供のようだった。
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