秋恋 〜愛し君へ〜
「俺、今日も早番なんでそろそろ行きますね。何かいるものがあれば帰りにでも買ってきますけど」

俺は、彼女が頼ってくれることを期待してそう言ったのだ。

「大丈夫よ、今日一日休めるし、心配いらないわ。本当にありがとう」

彼女の口調はとても穏やかだった。でも、俺にとってそれは、氷のように冷たいものだった。俺は言葉を失った。彼女に必要とされていない。そう感じだからだ。自然に灰皿へと視線が言った。彼女が必要としている誰かがいる。彼女を支えている誰かがいる。直感だった。何も言えないまま俺は玄関へ向かった。

「長谷川くん!」

彼女の呼びかけに振り返ることもできなかった。
これ以上彼女の顔を見るのが辛かったから…
俺のひきつった不細工な顔を見られたくなかったから…
彼女の顔を見ると自分自身を抑えきれなくなるから…
いろんな感情が次々に俺を襲ってきた。

「気をつけてください」

俺は背を向けたままそれだけ言い残すとそのまま部屋を後にした。もう彼女をおぶっていないはずなのに、階段は下りのはずなのに、俺の全身は重かった。

やっとの思いでホテルにたどり着いた。それでも仕事をしなくてはいけない。俺はシャワーを浴び、必死に気持ちをリセットし、仕事に臨んだ。おかしなもので、目の回るような忙しさがかえって俺を癒してくれた。いつまでも仕事をしていたいそう思った。でもそんな俺をあざ笑うかのように時間は過ぎ仕事は定時で終わってしまった。
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