秋恋 〜愛し君へ〜

遠い黒

新宿西口の地下道を、慣れないスーツに身を包んだ連中が、年季を積み重ねてきた人たちの波に流されながら足早に歩いている。俺もその波に飲まれ流されている。やがて日差しが現れ、その波は地下道の終わりと同時に各方面へと消えてしまった。
俺は立ち止まり空を見上げた。水色の絵の具に、ほんの少し白を混ぜて描いたような空だ。両サイドに目をやれば立ち並ぶ高層ビルの間々に遠慮がちに立っている桜の木々が、枝いっぱいに薄ピンク色の花を咲かせている。
俺に一番似つかわしくない季節だ。

「よう、秋、何つっ立っとんねん!早う行かな遅刻やでぇ」

俺の背後から首に腕を回してきたのは悪友の勇次だ。勇次は中学2年の時、親父さんの仕事の関係で大阪から俺の住む街に引っ越してきた。地元の人間にとって、転校生は特別な存在で、目に見えない線引きをしてしまう。もちろん俺もそうだった。転校生でなくとも線引きをしていた俺は、お調子者の勇次が目障りでたまらなかった。

ある日、つまらない授業を受けるのが面倒で、いつものように自宅近くにある多摩川の河川敷で昼寝をしていた。何かの気配を感じ目を開けると、当然のようにいつの間にか勇次が隣で昼寝をしていたのだ。そこはいつも穏やかで、俺が一番気に入ってる場所だった。だから、なんだよコイツ!とムカついた。でもなぜかそんな感情はすぐに消えてしまった。そのかわり、何とも言いようのない居心地の良さに包まれた。人には相性と言うものがあるが、それとはまた違ったものがぴったりと合う感じだった。フィーリング?そうだフィーリングだ!
それ以来俺たちはつるむようになり、高校そして就職先まで同じ道を進んでいる。かといって2人で相談しあってそうしたわけじゃない。そんな気持ち悪い事はしない。高校も就職先もお互い何箇所か受験した。でもことごとく見放され、最終的に合格したのが同じ場所だったと言うわけだ。こうなるともう腐れ縁と言うしかない。

俺たちは目の前にそびえるビルに向かって足を踏み出した。

「そうだな、入社式でいきなり遅刻じゃあなぁ」

「まっ、そういうこっちゃ。一応これでも社会人やさかいな。せやけどどうしたん、その頭?カッチカチやないかい!」

「あぁこれね、姉貴にやられた。あんた、ホテルマンを舐めんなよっていきなり首根っこ掴まれた」

勇次はヒャヒャっと笑うと

「夏姉らしいやん、やっぱそんぐらいの勢いっちゅうもんががあるさかい、外資でリーダーが務まんやのろなぁ。しっかし、べっぴんさんはお袋さん譲りやっちゅうのに、あのおっかなさは親父さんのコピーやな、コピー」

「まあな」

これ以上返す言葉がない。

「あっ!春はどないしとん?長いこと会うてへん。エロ本貸したまんまやがな」

「エロ本⁉︎」

「せやぁ、あいつ受験勉強でけっこう溜まっとるようやったさかい、これでも見て気分転換しいやぁ言うてな。真っ赤な顔したったでぇ」

「お前いつのまに!春ならT高受かったよ」

「そかそか、さすが春やな。医者を目指すもんはやっぱ脳の造りからいって違うんやろなぁ。お前もホンマ大変やなぁ出来の良い姉と弟に挟まれて。心中お察しいたします」

「今更何言ってんだよ」

「せやな、まっ、どうでもええわ」

「好き放題言いやがってどうでもいいんかい!」

そんな俺の言葉を聞いているのかいないのか、勇次は突然立ち止まったかと思うと、人差し指と親指が反り返るほどに伸ばし気合を入れた。

「ほな行くでぇ、あのホテルに向こうてlet's goや!」

どこをどう間違えたのか、バブル期が幸したのか補導歴××回の俺たちを拾ってくれたホテルが目の前にそびえ立っている。
俺は鼻で笑い勇次を尻目に先を急いだ。

「待ってぇな、シュウちゃぁん」

そう、俺の名前は『シュウ』『アキ』ではない。
俺がちょっとだけ道を踏み外すことになってしまった根源だ。俺はガキの頃ひょろっと痩せていて、髪も全く癖がなくサラサラ。姉貴とそっくりだったせいか初対面の人は俺を女だと見間違えるほどだった。その上名前も『秋』ときたもんだ。おかげでずっと女呼ばわりされ、ものの見事にいじめのターゲットとなったのだ。が、俺は見た目とは違いかなりの負けず嫌い。おまけに筋金入りの短気だった。そんな有難い性格で俺を女に扱いする奴は容赦しなかった。一発KOだ。そんなこともあり隙を見せないよう常に気を張っていた。それはだんだんと高くなっていく身長に比例し、目つきにも表れていたようで、喧嘩を売られることもしょっちゅうだった。結果、補導歴××回なのだ!
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