秋恋 〜愛し君へ〜
「もういい加減にしてくれないか。何度も言うが、俺は浮気はしていない。もちろん離婚なんて考えていない」
そう言い、女性の力強く出された腕をゆっくりと下ろすと、樹に向かってこう言った。
「すまない、妻が失礼なことをして」
いつもの穏やかな口調だった。その時事務所のドアが開き、支配人が入ってきた。そして二人を連れて出て行った。
樹は笠原さんの後を追おうとしたのだろう。足を踏み出そうとしたのだ。俺はとっさに樹の腕を激しく掴んだ。恨めしそうな表情で俺の顔を見上げた樹に向かい、ゆっくりと左右に首を振った。そして、すぐにまた事務所のドアが開き、副支配人の広川陽子さんが入ってきた。
「ハイハイ、みんな何突っ立ってるの!休憩は終わりでしょう。遅番もミーティング始めてちょうだい。お客様がお待ちよ。さっ、仕事仕事!」
手を叩きながらの彼女の声で、みんな現実に引き戻され、蜘蛛の子を散らすように事務所から出て行った。
気がつけばいつの間にか、別のセクションの連中まで混じっていた。騒ぎが表にまで伝わっていないかと、俺はホールが気になった。
樹をそっと事務所の椅子に座らせると、慌てて表を確認しに行った。ホール内はいつもと変わらず穏やかだった。俺はホッと胸を撫で下ろした。
事務所へ戻ると、樹と陽子さんが話をしていた。陽子さんは女性初の副支配人で人望も厚い。樹が最も信頼している人物だ。
「笠原さんはどうなるんでしょうか?」
樹が心配そうな表情で訊いた。
「彼の事だから、あなたもわかるでしょう」
そう言うと樹の肩を軽く叩いた。
「そうだわ長谷川くん、今日の遅番ミーティングあなたにお願いするわ。笠原くんは多分戻れないだろうから、今日はあなたがキャプテンよ。よろしくね」
俺の肩を叩くと陽子さんは事務所を出て行った。俺は椅子に座ったままの樹を気にしながらもミーティングを始めた。
一通り予約状況等を確認した後「今日も一日よろしくお願いします」その掛け声に「よろしくお願いします!」とみんな自分の持ち場へ向かった。俺は事務所に残り樹と2人きりになった。
「樹、大丈夫か?」樹の目線に合わせた。
「うん」
「樹、今日は続けて遅番もやってくれないかな?キャプテン不在だし、残ってくれると助かるんだけど」
俺はただ、樹を一人にさせたくなかった。あんな笠原さんの姿を目にして、樹が放っておくはずがない。笠原さんの元へ行ってしまうことを俺は恐れていたから、目の届くところにおいておきたかった。
「うん、わかった。残るわ」
「ありがとう。じゃぁ俺、陽子さんに言ってくるよ。表を頼む。それから、終わったら一緒に帰ろう」
樹は頷いた。
そう言い、女性の力強く出された腕をゆっくりと下ろすと、樹に向かってこう言った。
「すまない、妻が失礼なことをして」
いつもの穏やかな口調だった。その時事務所のドアが開き、支配人が入ってきた。そして二人を連れて出て行った。
樹は笠原さんの後を追おうとしたのだろう。足を踏み出そうとしたのだ。俺はとっさに樹の腕を激しく掴んだ。恨めしそうな表情で俺の顔を見上げた樹に向かい、ゆっくりと左右に首を振った。そして、すぐにまた事務所のドアが開き、副支配人の広川陽子さんが入ってきた。
「ハイハイ、みんな何突っ立ってるの!休憩は終わりでしょう。遅番もミーティング始めてちょうだい。お客様がお待ちよ。さっ、仕事仕事!」
手を叩きながらの彼女の声で、みんな現実に引き戻され、蜘蛛の子を散らすように事務所から出て行った。
気がつけばいつの間にか、別のセクションの連中まで混じっていた。騒ぎが表にまで伝わっていないかと、俺はホールが気になった。
樹をそっと事務所の椅子に座らせると、慌てて表を確認しに行った。ホール内はいつもと変わらず穏やかだった。俺はホッと胸を撫で下ろした。
事務所へ戻ると、樹と陽子さんが話をしていた。陽子さんは女性初の副支配人で人望も厚い。樹が最も信頼している人物だ。
「笠原さんはどうなるんでしょうか?」
樹が心配そうな表情で訊いた。
「彼の事だから、あなたもわかるでしょう」
そう言うと樹の肩を軽く叩いた。
「そうだわ長谷川くん、今日の遅番ミーティングあなたにお願いするわ。笠原くんは多分戻れないだろうから、今日はあなたがキャプテンよ。よろしくね」
俺の肩を叩くと陽子さんは事務所を出て行った。俺は椅子に座ったままの樹を気にしながらもミーティングを始めた。
一通り予約状況等を確認した後「今日も一日よろしくお願いします」その掛け声に「よろしくお願いします!」とみんな自分の持ち場へ向かった。俺は事務所に残り樹と2人きりになった。
「樹、大丈夫か?」樹の目線に合わせた。
「うん」
「樹、今日は続けて遅番もやってくれないかな?キャプテン不在だし、残ってくれると助かるんだけど」
俺はただ、樹を一人にさせたくなかった。あんな笠原さんの姿を目にして、樹が放っておくはずがない。笠原さんの元へ行ってしまうことを俺は恐れていたから、目の届くところにおいておきたかった。
「うん、わかった。残るわ」
「ありがとう。じゃぁ俺、陽子さんに言ってくるよ。表を頼む。それから、終わったら一緒に帰ろう」
樹は頷いた。