秋恋 〜愛し君へ〜
俺は陽子さんに了解を得るため、レストラン部事務所に向かった。ドアを引き開けると陽子さんがいた。
「あら、長谷川くんどうしたの?」
「あっ、あのぅ、今日の遅番、樹さんに残ってもらっていいですか?予約も結構入ってるし、キャプテンいたほうがいいんで」
「何?長谷川くんらしくないじゃない」
「えっ?」
「本当の理由は何?キャプテンがいなくてもあなたなら充分やっていけるはずでしょう。さて、どうしてかしらねぇ。まっ、いいわ。樹ちゃんに残ってもらって」
「ありがとうございます。ところで、あの…」
「何?」
「笠原さんはどうなったんですか?」
俺は陽子さんの顔を窺いながら訊いた。
「彼は辞表提出したわ」
「辞表⁉︎辞めちゃうってことですか!」
「そうよ、彼自身が決めたことなの。彼がいなくなるって事は、このセクションにとってかなりの痛手だから、支配人も私も必死に考え直すように言ったわ。でも、彼の性格あなたもわかるでしょ」
「あのっ、今笠原さんはどこに?」
「人事部だと思うわ」
俺は人事部まで走った。でも、笠原さんの姿はなく、俺はロッカールームまで一気に階段を駆け下りた。止めなければ!そんな義務感が俺を動かしていた。俺はロッカールームのドアを勢いよく押し開けた。人の気配は全くなく、とても静かだった。そして、何列もあるロッカーの通路を確認しながら足早に彼を探した。残り一列、彼のロッカーはそこにある。いた!
「笠原さん!」
彼はゆっくりとこちらを向いた。
「長谷川どうした?」
何事もなかったような口調だ。
「辞めるって本気ですか?」
俺は彼に近寄った。
「ああ、そうだ」
彼は他人事のように答えると、ロッカーにある荷物の整理を始めた。
「なんでですか?別にお客様に迷惑かけたわけじゃない」
「かけたさ。お前たちの手を止めた」
「それは…とにかく、俺は悔しい、悔しいです。考え直す気はないんですか?」
彼は俺にゆっくり目をやるとワントーン低めの声で言った。
「家庭管理もできないような人間が、人の上に立つ資格は無い。俺はそう思ってる」
「家庭がめちゃくちゃな上司なんて世の中にはたくさんいる!」
「そうだな」軽く笑った。
「笑ってる場合じゃないでしょ!」
俺は真剣だった。樹との関係はショックだったけれど、上司として男として、生意気な言い方だが笠原真也という人を認めていたから。
「あいつは」
彼が静かに口を開いた。
「あいつは、あんなんじゃなかった。俺のせいだ。いつも穏やかだったあいつが、育児ノイローゼってやつかな?だんだん神経質になっていくのを俺は気づいていた。でも、目をそらし続けた。その結果がこれだ」
俺はかける言葉が見つからず、ノーマルな質問しかできなかった。
「これからどうするんですか?」
「仙台に行く」
「仙台?」
「ああ、あいつの生まれ故郷だ。今のあいつにはベストな場所だと思うからな」
きっぱりと言い切った彼の目には全く迷いを感じなかった。俺はこれ以上何も言えず、ただそこに立っていることだけしかできなかった。彼は荷物をまとめ終わると「じゃあな」と俺の肩を軽く叩き足を踏み出した。俺は振り返り、去って行こうとする彼の背中を見つめた。本当にこれで終わりなのか。そう思った時、彼は立ち止まり、少し間をおいてから俺に言った。
「樹を守ってやってくれ」
「え⁉︎どうして」
少々驚きの混じった俺の言葉に
「樹を見ていればわかる」そう答えた。
彼は何もかも知っている。そう感じ取った時俺は思った。一生かかってもこの人にはかなわない。
去りゆく彼の後ろ姿はとても偉大だった。重みをさ感じる背中。俺の背中はどうなのだろう…
「あら、長谷川くんどうしたの?」
「あっ、あのぅ、今日の遅番、樹さんに残ってもらっていいですか?予約も結構入ってるし、キャプテンいたほうがいいんで」
「何?長谷川くんらしくないじゃない」
「えっ?」
「本当の理由は何?キャプテンがいなくてもあなたなら充分やっていけるはずでしょう。さて、どうしてかしらねぇ。まっ、いいわ。樹ちゃんに残ってもらって」
「ありがとうございます。ところで、あの…」
「何?」
「笠原さんはどうなったんですか?」
俺は陽子さんの顔を窺いながら訊いた。
「彼は辞表提出したわ」
「辞表⁉︎辞めちゃうってことですか!」
「そうよ、彼自身が決めたことなの。彼がいなくなるって事は、このセクションにとってかなりの痛手だから、支配人も私も必死に考え直すように言ったわ。でも、彼の性格あなたもわかるでしょ」
「あのっ、今笠原さんはどこに?」
「人事部だと思うわ」
俺は人事部まで走った。でも、笠原さんの姿はなく、俺はロッカールームまで一気に階段を駆け下りた。止めなければ!そんな義務感が俺を動かしていた。俺はロッカールームのドアを勢いよく押し開けた。人の気配は全くなく、とても静かだった。そして、何列もあるロッカーの通路を確認しながら足早に彼を探した。残り一列、彼のロッカーはそこにある。いた!
「笠原さん!」
彼はゆっくりとこちらを向いた。
「長谷川どうした?」
何事もなかったような口調だ。
「辞めるって本気ですか?」
俺は彼に近寄った。
「ああ、そうだ」
彼は他人事のように答えると、ロッカーにある荷物の整理を始めた。
「なんでですか?別にお客様に迷惑かけたわけじゃない」
「かけたさ。お前たちの手を止めた」
「それは…とにかく、俺は悔しい、悔しいです。考え直す気はないんですか?」
彼は俺にゆっくり目をやるとワントーン低めの声で言った。
「家庭管理もできないような人間が、人の上に立つ資格は無い。俺はそう思ってる」
「家庭がめちゃくちゃな上司なんて世の中にはたくさんいる!」
「そうだな」軽く笑った。
「笑ってる場合じゃないでしょ!」
俺は真剣だった。樹との関係はショックだったけれど、上司として男として、生意気な言い方だが笠原真也という人を認めていたから。
「あいつは」
彼が静かに口を開いた。
「あいつは、あんなんじゃなかった。俺のせいだ。いつも穏やかだったあいつが、育児ノイローゼってやつかな?だんだん神経質になっていくのを俺は気づいていた。でも、目をそらし続けた。その結果がこれだ」
俺はかける言葉が見つからず、ノーマルな質問しかできなかった。
「これからどうするんですか?」
「仙台に行く」
「仙台?」
「ああ、あいつの生まれ故郷だ。今のあいつにはベストな場所だと思うからな」
きっぱりと言い切った彼の目には全く迷いを感じなかった。俺はこれ以上何も言えず、ただそこに立っていることだけしかできなかった。彼は荷物をまとめ終わると「じゃあな」と俺の肩を軽く叩き足を踏み出した。俺は振り返り、去って行こうとする彼の背中を見つめた。本当にこれで終わりなのか。そう思った時、彼は立ち止まり、少し間をおいてから俺に言った。
「樹を守ってやってくれ」
「え⁉︎どうして」
少々驚きの混じった俺の言葉に
「樹を見ていればわかる」そう答えた。
彼は何もかも知っている。そう感じ取った時俺は思った。一生かかってもこの人にはかなわない。
去りゆく彼の後ろ姿はとても偉大だった。重みをさ感じる背中。俺の背中はどうなのだろう…