秋恋 〜愛し君へ〜

想いの丈

とうとう帰ってきた。久しぶりの日本だ。
到着ロビーを抜け外に出ると、路上にガムがくっついていた。

「汚ねーなぁ、ちゃんと捨てろよ!」

シンガポールのようにいっそのこと罰金制にすればいいのになどと思ってしまう。でも、何故かこの汚さが俺を落ち着かせた。

俺はタクシーに乗りホテル名を告げた。
樹には帰国することを話していない。驚かせようと思っているのだ。
けれど、樹がどこにいるのかはわからない。すぐさまホテルに行って陽子さんに確かめたかった。
後部座席の窓から見る東京の街並みを眺めながら、早く樹に会って樹を抱きしめたいそう思っていた。

タクシーはホテルへ到着した。緩めて首にぶら下がっている状態だったネクタイを締め直し、タクシーを降りた。目の前にそびえ立つホテルを改めて見上げ、大きく息を吸い吐き出した。
俺はレストラン部事務所に向かった。ドアを開け中に入ると、陽子さんの姿があった。

「ただ今戻りました」

「おかえりなさい」

うっすらと微笑んだ。

彼女は事務所の隅にあるソファーに俺を座らせると、自分のデスクへ戻り、引き出しから何やら取り出した。そして俺と向かい合わせにソファーに腰掛け、険しい表情で俺を見つめた。

「長谷川くん」

「はい」

彼女は何も言わず、俺にメモ用紙を渡した。

   宮崎中央総合病院  308号室

「なんですかこれ?」

「今すぐ宮崎へ行きなさい」

宮崎、樹の故郷だ。嫌な予感がする。

「樹に何かあったんですか?」

とにかく早く行きなさい。それから、これ、
彼女は長方形の小さな箱差し出した。

「あなたは責任を取る立場になったのよ。その重さを忘れないで」

俺は箱を開けた。

   カフェレストラン フォレスト
  
キャプテン  長谷川 秋
         SHU HASEGAWA

名刺だ!
とうとう俺は名刺を手にすることができた。

けれど……

「さっ、早く行きなさい」

陽子さんから煽られるようにチケットも手渡された俺は、名刺を握り締め、従業員用出入り口ではなく表のロビーを突っ切った。何が何だか訳もわからぬままタクシーに乗り込み羽田へ向かった。俺の知らないところで何かが起こっているのは間違いない。

ようやく空港に到着し、タクシーを降りると搭乗手続きカウンターまで足早に進んだ。
チケットに印字された出発時刻は19時5分。
30分を切っている。
グランドスタッフからお手荷物はと聞かれ、スーツケースを事務所に置き去りにしてきたことに気がついた。

「ありません」そう答え手続きを済ませると、保安検査所を通過し、搭乗口までダッシュした。こんな時になんでだ!と叫びたくなるくらい長い距離だった。
俺が搭乗口にたどり着いた時には待合席には誰もおらず、飛行機に向かうバスだけが停車していた。それは最後の1台だった。 

間に合った。息を切らし心の中でつぶやいた。

俺は飛行機に乗り込んだ。乗客も少なく、静かな機内が俺の脳を活発にさせた。そんな俺の脳に宮崎に着くまでの間は、いろんなことを考えさせるのには充分すぎる時間だった。

10日前に俺は樹と話をした。いつもと同じ声のトーンで変わった様子は何も感じられなかった。その電話はシークレットプロジェクトというものに携わっている樹が、どこかの場所からかけてきたものだ。今俺は宮崎へ向かっている。樹の故郷だ。プロジェクトは宮崎でやっているのか?それにしても陽子さんの冴えない表情。病院とその病室まで書いたメモ。もしかして事故?それとも病気?どんなに考えても悪い方へと結果が転がってしまう。とにかく病院に行けば全てがわかる。
< 55 / 70 >

この作品をシェア

pagetop