秋恋 〜愛し君へ〜
ドアをゆっくりとスライドさせた。たった一つ置かれたベッドの上に、オレンジ色の淡いライトに包まれて樹が眠っている。顔はほっそりとしてしまってはいるけれど、確かに樹だ。初めて見たときと同じ、眠り姫のように俺の目の前で眠っている。
俺はベッドの横に置いてあった椅子に上着を脱いで腰掛け、樹の左手を両手でそっと握った。
「樹」
ささやいたが返事は無い。ちゃんと息をしているのか心配になって顔を近づけてみた。暖かい息が俺の頬に当たる。俺はほっとした。
樹は生きている。俺の目の前でちゃんと生きている。俺は右手で樹の頭を撫で額にキスをした。俺はとうとう感情を抑えきれなくなり、その場で泣いてしまった。樹が目を覚まさないように、気づかれないように声を押し殺して泣いた。溢れ出る涙で持っていたハンカチが役にたたなくなってしまい、ワイシャツの袖で拭った。
病室のドアが開き、看護師が入ってきた。見回りだ。
「どうですか?今日は痛みが強くて鎮痛剤を打たれているものですから」
「今のところずっと眠っています」
「そうですか、何かあったらコールしてください」
「分りました」
痛みが強い。我慢強い樹が鎮痛剤なんて…
「辛いな樹」俺は呟いた。
すると、樹の手がピクッと動いた。
「樹」
俺が名前を呼ぶと、樹はゆっくりと目を覚ました
「樹」
もう一度呼びかけると、少し驚いた表情で俺の名を呼んだ。
「秋ちゃん?」
「気分どうだ?」
「うん、平気。どうしたの?研修は?」
「終わったよ、今日戻ってきた。もう昨日だな」
「終わったって、まだ半年」
「1年もいらなかったんだよ。俺は優秀だからな」
「……」
「信じてないな、疑ってるだろ」
俺は内ポケットに入れていた名刺を取り出し、樹の目の前に差し出した。
「なっ、終わったんだ」
「秋ちゃん…… 黒服…おめでとう」
久しぶりに目にする樹の笑顔、最高だ!
「おかえりなさい」
「ん、ただいま」
俺は体を起こそうとした樹を抱きしめた。
「樹、マジ会いたかった」
「秋ちゃん、ホントに秋ちゃんなんだね」
樹の腕が俺の体を包んだ。
「俺は怒ってる、怒ってるんだよ!」
抱きしめながら言った。
「俺に嘘をついただろ。プロジェクトとか言って陽子さんと二人で嘘をついただろ!」
「秋ちゃんごめんなさい」
「俺のためだったんだよな、ごめんな、ありがとう、樹」
「ごめんね、秋ちゃん、そうするしかなかったの」
「わかってる、わかってるよ。でも、もう嘘は無しな」
「うん」
樹は小さく頷くと肩を震わせ、俺の顔を見つめた。瞳いっぱいに溢れんばかりの涙を溜め、唇も震えていた。
「ん?」
「秋ちゃん、私、私、死んじゃうんだって。癌になっちゃった。もう治らない。死んじゃうんだよ」
涙は一気に流れ出した。
「怖いの。怖くて怖くてどうしたらいいのかわからない。もっともっと生きたいのに、秋ちゃんとずっと一緒にいたいのに、どうして… これはきっと罰だよね。不倫なんかしたから神様が怒ってるんだよね」
樹は自分の中でずっと膨らませ続けた涙入りの風船が、一気に大きな音をたてて弾けてしまったように泣き崩れた。
「そうじゃない、そうじゃないよ!」
俺は力強く樹の体中の骨が折れてしまいそうになるくらい抱きしめた。
「そうじゃない、罰なんかじゃない!俺思うんだ。神様は男で、樹に惚れてしまったんだって。俺たちに嫉妬して、だから俺から樹を奪おうとしている絶対そうだ!」
「秋ちゃん」
「樹はイイ女だから、悔しいけど選ばれてしまったんだ」
「私、そんなにいい」
「イイ女なんだ!」
俺は樹の言葉を遮った。
「秋ちゃん、ありがと」
俺は溢れ出る樹の涙を両手で拭った。必死に笑顔作りながら何度も何度も拭った。涙が止まるまでひたすら拭い続けた。
「ごめんなさい。せっかく会えたのにこんなに泣いてしまって」
「いいんだ、それでいいんだよ。泣きたい時には泣けばいい」
俺は樹の頭を優しく撫でた。
樹は段々と落ち着いてきたようだった。少しだけ微笑みを浮かべて、俺の頬を両手で包むとすぐに眉をひそめた。
「秋ちゃん、目が赤いよ、疲れてるんじゃないの?」
「疲れてなんかないよ。前にも言っただろ、樹の顔見たらソッコー復活って」
「うん、でも…」
「大丈夫だって、機内で爆睡したしさ」
「そう?」
「そう」
「秋ちゃん、実家に帰ってないんでしょ?」
「なんで?」
「スーツのままだから…」
「あぁ、うん、まぁ」
「早く顔見せなきゃ、きっと心配してるよ」
樹が頬を膨らませ、怒ってみせる。
「わかったよ、帰るよ。じゃあ、一度実家戻ってまた来る。顔見せたらすぐ来るから」
「うん」
俺は腕時計を見た。午前3時
「樹、もう一眠りしたらどうだ?」
樹はゆっくり首を振った。
「怖いの。眠ってしまったらそのまま別の世界に行っちゃうんじゃないかって考えちゃうの」
「わかった。じゃぁ何か話そう。そうだなぁ、あっ、俺タバコやめたんだぞ!すっげーだろ!」
「うふふ、だと思った」
「なんで?」
「だって、シンガポールの罰則って厳しいんでしょ。私陽子さんから聞いたもの。タバコ吸うのも大変なところだって」
「そう、その通り。参ったよガムも噛めないんだぜ。なんかさぁ、面倒臭くなってやめちゃった」
俺は向こうでの話を続けた。樹がちゃんと理解できるように。一緒に向こうに行っていた気分になれるように。俺は細かいところまで記憶を辿り話をした。離れ離れだった時間を共有しようとしていたのだ。
俺はベッドの横に置いてあった椅子に上着を脱いで腰掛け、樹の左手を両手でそっと握った。
「樹」
ささやいたが返事は無い。ちゃんと息をしているのか心配になって顔を近づけてみた。暖かい息が俺の頬に当たる。俺はほっとした。
樹は生きている。俺の目の前でちゃんと生きている。俺は右手で樹の頭を撫で額にキスをした。俺はとうとう感情を抑えきれなくなり、その場で泣いてしまった。樹が目を覚まさないように、気づかれないように声を押し殺して泣いた。溢れ出る涙で持っていたハンカチが役にたたなくなってしまい、ワイシャツの袖で拭った。
病室のドアが開き、看護師が入ってきた。見回りだ。
「どうですか?今日は痛みが強くて鎮痛剤を打たれているものですから」
「今のところずっと眠っています」
「そうですか、何かあったらコールしてください」
「分りました」
痛みが強い。我慢強い樹が鎮痛剤なんて…
「辛いな樹」俺は呟いた。
すると、樹の手がピクッと動いた。
「樹」
俺が名前を呼ぶと、樹はゆっくりと目を覚ました
「樹」
もう一度呼びかけると、少し驚いた表情で俺の名を呼んだ。
「秋ちゃん?」
「気分どうだ?」
「うん、平気。どうしたの?研修は?」
「終わったよ、今日戻ってきた。もう昨日だな」
「終わったって、まだ半年」
「1年もいらなかったんだよ。俺は優秀だからな」
「……」
「信じてないな、疑ってるだろ」
俺は内ポケットに入れていた名刺を取り出し、樹の目の前に差し出した。
「なっ、終わったんだ」
「秋ちゃん…… 黒服…おめでとう」
久しぶりに目にする樹の笑顔、最高だ!
「おかえりなさい」
「ん、ただいま」
俺は体を起こそうとした樹を抱きしめた。
「樹、マジ会いたかった」
「秋ちゃん、ホントに秋ちゃんなんだね」
樹の腕が俺の体を包んだ。
「俺は怒ってる、怒ってるんだよ!」
抱きしめながら言った。
「俺に嘘をついただろ。プロジェクトとか言って陽子さんと二人で嘘をついただろ!」
「秋ちゃんごめんなさい」
「俺のためだったんだよな、ごめんな、ありがとう、樹」
「ごめんね、秋ちゃん、そうするしかなかったの」
「わかってる、わかってるよ。でも、もう嘘は無しな」
「うん」
樹は小さく頷くと肩を震わせ、俺の顔を見つめた。瞳いっぱいに溢れんばかりの涙を溜め、唇も震えていた。
「ん?」
「秋ちゃん、私、私、死んじゃうんだって。癌になっちゃった。もう治らない。死んじゃうんだよ」
涙は一気に流れ出した。
「怖いの。怖くて怖くてどうしたらいいのかわからない。もっともっと生きたいのに、秋ちゃんとずっと一緒にいたいのに、どうして… これはきっと罰だよね。不倫なんかしたから神様が怒ってるんだよね」
樹は自分の中でずっと膨らませ続けた涙入りの風船が、一気に大きな音をたてて弾けてしまったように泣き崩れた。
「そうじゃない、そうじゃないよ!」
俺は力強く樹の体中の骨が折れてしまいそうになるくらい抱きしめた。
「そうじゃない、罰なんかじゃない!俺思うんだ。神様は男で、樹に惚れてしまったんだって。俺たちに嫉妬して、だから俺から樹を奪おうとしている絶対そうだ!」
「秋ちゃん」
「樹はイイ女だから、悔しいけど選ばれてしまったんだ」
「私、そんなにいい」
「イイ女なんだ!」
俺は樹の言葉を遮った。
「秋ちゃん、ありがと」
俺は溢れ出る樹の涙を両手で拭った。必死に笑顔作りながら何度も何度も拭った。涙が止まるまでひたすら拭い続けた。
「ごめんなさい。せっかく会えたのにこんなに泣いてしまって」
「いいんだ、それでいいんだよ。泣きたい時には泣けばいい」
俺は樹の頭を優しく撫でた。
樹は段々と落ち着いてきたようだった。少しだけ微笑みを浮かべて、俺の頬を両手で包むとすぐに眉をひそめた。
「秋ちゃん、目が赤いよ、疲れてるんじゃないの?」
「疲れてなんかないよ。前にも言っただろ、樹の顔見たらソッコー復活って」
「うん、でも…」
「大丈夫だって、機内で爆睡したしさ」
「そう?」
「そう」
「秋ちゃん、実家に帰ってないんでしょ?」
「なんで?」
「スーツのままだから…」
「あぁ、うん、まぁ」
「早く顔見せなきゃ、きっと心配してるよ」
樹が頬を膨らませ、怒ってみせる。
「わかったよ、帰るよ。じゃあ、一度実家戻ってまた来る。顔見せたらすぐ来るから」
「うん」
俺は腕時計を見た。午前3時
「樹、もう一眠りしたらどうだ?」
樹はゆっくり首を振った。
「怖いの。眠ってしまったらそのまま別の世界に行っちゃうんじゃないかって考えちゃうの」
「わかった。じゃぁ何か話そう。そうだなぁ、あっ、俺タバコやめたんだぞ!すっげーだろ!」
「うふふ、だと思った」
「なんで?」
「だって、シンガポールの罰則って厳しいんでしょ。私陽子さんから聞いたもの。タバコ吸うのも大変なところだって」
「そう、その通り。参ったよガムも噛めないんだぜ。なんかさぁ、面倒臭くなってやめちゃった」
俺は向こうでの話を続けた。樹がちゃんと理解できるように。一緒に向こうに行っていた気分になれるように。俺は細かいところまで記憶を辿り話をした。離れ離れだった時間を共有しようとしていたのだ。