秋恋 〜愛し君へ〜
そして朝がやってきた。回診の時間は外に出ているように言われ、俺は公衆電話へ向かった。

「はい、長谷川でございます」

「あ、お袋、俺」

「秋あなたどこにいるの?帰ってきたんじゃないの?」

「帰ってきたよ。あのさぁ」

「何?」

「今日日曜だし、親父居るよな?」

「居るわよ」

「お袋も居る?」

「ええ、居るわよ」

「わかった、今日帰る。それから話があるんだ。大事な話、帰ってから話すよ」

「わかったわ、気をつけて帰ってらっしゃいよ。あっ、そうだわ、何時頃帰ってくるつもり?」

「まだわかんない。飛行機の時間もあるし」

「飛行機?」

「あーっと、とにかく帰るから、じゃぁな」

俺は決心していた。親に全てを話し、樹との結婚を認めてもらうことを。


俺は病室に戻った。ノックしてドア開けると、一人の女性がこっちを見て微笑んでいた。俺はすぐにわかった。樹のお袋さんだ。なぜならあまりにもそっくりだからだ。 

「おはようございます」

俺が挨拶をすると

「おはようございます。はじめまして、樹の母です」

そう言って微笑んだ。笑顔もそっくりだ。あたりまえか。

「はじめまして、長谷川秋です。よろしくお願いします」

「こちらこそ、あらーっ、どしたよかにせやろか」

こちらこそ、は理解できたが、後がわからない。

「お母さん、そんなこと言うても、秋ちゃんわからんよ」

初めて聴いた樹の方言、なかなかかわいいぞ。

「そやね」

「ヨカニセ?」

「うふふふふっ」

二人で顔を見合わせて笑った。

「何か飲み物でも買ってくるわね」

そう言うと、おふくろさんは出て行った。

「どういう意味?」

「知りたい?」

「うん、すっげぇ知りたい」

「秋ちゃんみたいな男の人のことを言うのよ」

「俺?」

「うん、そう、そういうこと」

「そんなんじゃわかんねーよ。もしかしてイイ男って意味だったりして」

「ピンポーン、大正解」

「うっそ!マジで⁉︎」

「うん、マジで。うちのお母さん、都城市ってとこの出身なの。都城は宮崎県なんだけど、鹿児島県との県境でほとんど鹿児島なまりなの。ここら辺の方言とはイントネーションも全く違うんだよ」

「ふーん、なんかいいなぁ田舎があるって」

「うん」

「樹、お袋さんそっくりだな」

「うん、よく言われる」

「イイ女ってなんていうの?」

「よかごじょ、かな」

「よかおごじょ?」

「うん」

「了解」

数本のペットボトルを抱え、お袋さんが戻ってきた。

「どれがよかね?」

「ありがとうございます。じゃあ、これいただきます」

俺はお茶を手に取った。

「お母さん、お母さんもよかおごじょですね」

俺がそう言って樹と顔を見合わせると

「イヤァー!恥ずかしーっ、もう樹は何を教えよっとね!」

真っ赤な顔でしばらく照れまくっていた。

「そうやわ、秋さん、ご飯食べちょらんとやろ?もうすぐコウキが来るかい、一緒に家に来やらんね?」

「ありがとうございます。でも一旦実家に帰ります。樹さんに怒られましたし」

樹は何度も頷いている。

「ほんなら、コウキに空港まで送らせようかね」

「大丈夫です。コウキさんてお兄さんの事ですよね?」

「そうよ、お兄ちゃん。秋ちゃん送ってもらったら?」

「いや、今日はいいよ」

「今日?」

「あっ、あぁ、実は昨日、ここまで送ってもらったんだ。空港まで来てくれてた」

「そうだったの。お兄ちゃん知ってたんだね、秋ちゃんが帰国すること」

樹の顔が少しだけ曇ると、おふくろさんがすかさず言った。

「そう、樹だけ知らんかったとよ。お母さんもお父さんも知っちょったと。あんたを驚かせようと思ってね、黙っちょったとよ」

すぐさま俺も続けた。

「俺も驚いたんだ。陽子さんから飛行機のチケット渡されて、空港に着いたら長谷川くんって声かけられて、誰だろうって思ったら樹の兄ですって言われた」

「……」

「俺たちさぁ、同じなんだよ。二人して何も知らなかったんだ。笑っちゃうよな」

樹はしばらく黙っていたが

「ほんと笑っちゃうね」

そう言って微笑を浮かべた。



「それじゃあ俺帰ります。今日中にまた戻ってきたいんで」

「そうですか…」

「はい」

「秋ちゃん気をつけてね」

「わかった。すぐ戻ってくるからな」
< 58 / 70 >

この作品をシェア

pagetop