秋恋 〜愛し君へ〜
俺たちは式から2日後、登戸のマンションに帰って来た。俺の仕事のこともあるが、何より樹の強い希望だった。いざという時のために受け入れ先の病院も万全に整えて帰ってきた。樹は子供のようにはしゃぎ喜んだ。
「秋ちゃん、私、生きてるんだよね」
樹は西側の窓から夕陽を眺めている。
「もうここには帰って来れないって思ってたから」
俺は樹の背後から包み込むようにそっと腕を回した。
「樹」
「ん?」
「ほら、ちゃんと生きてる。返事返ってきた」
「秋ちゃん」
「ん?」
「ホントだ」
「だろ?」
「うん。綺麗だね、夕陽」
「そうだなぁ、綺麗だ」
樹と二人で見たこの夕陽は、一生消え去る事はないだろう。俺の眼から、記憶から、そして心から……
インターホンが鳴った。姉貴だった。
「準備できた?みんな待ってるよ」
今日これから俺の実家に行く。初めて樹を連れて行く。
俺たちは勇次の運転する車に乗り実家へ向かった。駐車場に車を止め、4人で玄関前まで来た時、樹が立ち止まった。
「どうした?」
「秋ちゃん、あそこ、秋ちゃんの部屋?」
「え?」
樹が指差す方に視線をやった。
しまった! 2階のベランダには、俺の愛車が!
「そ、そうだよ」
「ホントに好きなんだね、バイク」
「え?」
「だって、本当は部屋に置いておきたかったんでしょ。でも大きいからベランダに置いちゃったのね」
「へ?」
思わず間の抜けた返事になってしまった。
勇次と姉貴は一瞬の沈黙後
「ブゥーッ!」
二人して吹き出し、顔を見合わせて大笑いした。
「樹ちゃん天然?」
「え?」
「なんでもないよ樹、そ、そうなんだ。俺、大事なもんは傍に置いとかねぇと嫌な質なんだよ。さっ、早く行こう」
絶対言うんじゃねーぞ!そう念を込めて横目で二人を睨んでやった。
「お帰りなさい」
お袋が出迎えた。
「樹ちゃん調子はどう?大丈夫?」
「はい大丈夫です。ありがとうございます。それじゃあお邪魔します」
「いやだわ、お邪魔しますなんて、ここはあなたの家よ。ほら、そこの三人も早く上がんなさい」
「こっちだよ」
俺は樹を誘導した。
クソッ、二人ともまだケラケラと笑ってやがる。
「あの、何か手伝います」
せっせと夕食の準備をしているお袋に向かい樹は言った。
「いいのよ、花嫁修行しなきゃいけない娘があそこにいるんだから」
お袋は姉貴を顎で指した。
「えーっ、私ーっ?しなくていいよ、そんなの」
不貞腐れた態度。
「何言ってるの、勇ちゃんに捨てられちゃうわよ」
「はいはいわかりましたよ。そうだ、樹ちゃん、秋の部屋で写真でも見せてもらいなよ。楽しいよぉきっと」
「てんめぇ、ふざけんな!」
「せや、見せてやったらええがな、夫婦で隠し事はあかんと思うでぇ」
「勇次!」
「隠し事?秋ちゃん何?」
最悪だ!
「写真はやめといた方がいいんじゃないの?離婚されるかも」
テレビを見ていた春が口を挟む。
「写真?あの金髪の?ダメよ!ダメダメ!あんなの見せたら樹ちゃん卒倒しちゃうわ」
お袋の言葉に俺が何度も頷いていると
「まったくあの頃は、学校サボって喧嘩ばっかりして、お母さんはお巡りさんに何回頭下げたと思ってんの!」
だと。俺は唖然とした。いきなりの暴露だ。
「それにあのバイク、夜中にブンブンブンブン煩いったらありゃしない。ご近所さんから嫌みは言われるし、たまったもんじゃないわ。お父さんにあそこに置いてもらって正解だったわよ!就職試験にもあの金髪のまま行っちゃうし、片っ端から落っことされるのは当たり前よね。今の会社が採用してくれたっていうのが本当に不思議だわ。一生感謝しなきゃ罰が当たるわよ」
開いた口が塞がらなかった。
「あーっサッパリした。やっぱ風呂はいいなぁ
おっ、来てたか」
「あなた、早くパジャマ着てちょうだい。目のやり場に困るでしょ」
「すまんすまん、ん?どうした?みんなポカァ〜ンとして」
こうやって俺の葬りたい過去はあっけなく樹の知ることとなったのである。もちろん写真も見られた。
「秋ちゃんライオンみたい。こんなに怖い顔して、お腹空いてたの?」
確かに腹が減ると機嫌が悪くなる質だが、この時は別に腹が減っていたわけじゃない。ただ単に眼を飛ばしていただけだ。やっぱり樹は天然だ。このピントのズレが俺の心をくすぐる。
「なぁ樹、もしこの頃俺と出会ってたら、きっと俺のこと受け入れてくれなかったよな」
「どうして?」
「最悪だろ俺」
「そんなことないよ。ちょっとやんちゃだっただけじゃない。私はこの頃に出会ってても、きっと秋ちゃんの手を握ったよ」
「なんでだよ」
「だって、秋ちゃんは秋ちゃんじゃない。この世にたった一人しかいない、たった一人しか」
樹はそう言った。優しい瞳で俺を見つめながら
「秋ちゃん、私、生きてるんだよね」
樹は西側の窓から夕陽を眺めている。
「もうここには帰って来れないって思ってたから」
俺は樹の背後から包み込むようにそっと腕を回した。
「樹」
「ん?」
「ほら、ちゃんと生きてる。返事返ってきた」
「秋ちゃん」
「ん?」
「ホントだ」
「だろ?」
「うん。綺麗だね、夕陽」
「そうだなぁ、綺麗だ」
樹と二人で見たこの夕陽は、一生消え去る事はないだろう。俺の眼から、記憶から、そして心から……
インターホンが鳴った。姉貴だった。
「準備できた?みんな待ってるよ」
今日これから俺の実家に行く。初めて樹を連れて行く。
俺たちは勇次の運転する車に乗り実家へ向かった。駐車場に車を止め、4人で玄関前まで来た時、樹が立ち止まった。
「どうした?」
「秋ちゃん、あそこ、秋ちゃんの部屋?」
「え?」
樹が指差す方に視線をやった。
しまった! 2階のベランダには、俺の愛車が!
「そ、そうだよ」
「ホントに好きなんだね、バイク」
「え?」
「だって、本当は部屋に置いておきたかったんでしょ。でも大きいからベランダに置いちゃったのね」
「へ?」
思わず間の抜けた返事になってしまった。
勇次と姉貴は一瞬の沈黙後
「ブゥーッ!」
二人して吹き出し、顔を見合わせて大笑いした。
「樹ちゃん天然?」
「え?」
「なんでもないよ樹、そ、そうなんだ。俺、大事なもんは傍に置いとかねぇと嫌な質なんだよ。さっ、早く行こう」
絶対言うんじゃねーぞ!そう念を込めて横目で二人を睨んでやった。
「お帰りなさい」
お袋が出迎えた。
「樹ちゃん調子はどう?大丈夫?」
「はい大丈夫です。ありがとうございます。それじゃあお邪魔します」
「いやだわ、お邪魔しますなんて、ここはあなたの家よ。ほら、そこの三人も早く上がんなさい」
「こっちだよ」
俺は樹を誘導した。
クソッ、二人ともまだケラケラと笑ってやがる。
「あの、何か手伝います」
せっせと夕食の準備をしているお袋に向かい樹は言った。
「いいのよ、花嫁修行しなきゃいけない娘があそこにいるんだから」
お袋は姉貴を顎で指した。
「えーっ、私ーっ?しなくていいよ、そんなの」
不貞腐れた態度。
「何言ってるの、勇ちゃんに捨てられちゃうわよ」
「はいはいわかりましたよ。そうだ、樹ちゃん、秋の部屋で写真でも見せてもらいなよ。楽しいよぉきっと」
「てんめぇ、ふざけんな!」
「せや、見せてやったらええがな、夫婦で隠し事はあかんと思うでぇ」
「勇次!」
「隠し事?秋ちゃん何?」
最悪だ!
「写真はやめといた方がいいんじゃないの?離婚されるかも」
テレビを見ていた春が口を挟む。
「写真?あの金髪の?ダメよ!ダメダメ!あんなの見せたら樹ちゃん卒倒しちゃうわ」
お袋の言葉に俺が何度も頷いていると
「まったくあの頃は、学校サボって喧嘩ばっかりして、お母さんはお巡りさんに何回頭下げたと思ってんの!」
だと。俺は唖然とした。いきなりの暴露だ。
「それにあのバイク、夜中にブンブンブンブン煩いったらありゃしない。ご近所さんから嫌みは言われるし、たまったもんじゃないわ。お父さんにあそこに置いてもらって正解だったわよ!就職試験にもあの金髪のまま行っちゃうし、片っ端から落っことされるのは当たり前よね。今の会社が採用してくれたっていうのが本当に不思議だわ。一生感謝しなきゃ罰が当たるわよ」
開いた口が塞がらなかった。
「あーっサッパリした。やっぱ風呂はいいなぁ
おっ、来てたか」
「あなた、早くパジャマ着てちょうだい。目のやり場に困るでしょ」
「すまんすまん、ん?どうした?みんなポカァ〜ンとして」
こうやって俺の葬りたい過去はあっけなく樹の知ることとなったのである。もちろん写真も見られた。
「秋ちゃんライオンみたい。こんなに怖い顔して、お腹空いてたの?」
確かに腹が減ると機嫌が悪くなる質だが、この時は別に腹が減っていたわけじゃない。ただ単に眼を飛ばしていただけだ。やっぱり樹は天然だ。このピントのズレが俺の心をくすぐる。
「なぁ樹、もしこの頃俺と出会ってたら、きっと俺のこと受け入れてくれなかったよな」
「どうして?」
「最悪だろ俺」
「そんなことないよ。ちょっとやんちゃだっただけじゃない。私はこの頃に出会ってても、きっと秋ちゃんの手を握ったよ」
「なんでだよ」
「だって、秋ちゃんは秋ちゃんじゃない。この世にたった一人しかいない、たった一人しか」
樹はそう言った。優しい瞳で俺を見つめながら