もし君の世界から僕だけが消えても。
完成した脚本を、僕は1番に君に見せた。

「やるじゃん。」

その言葉が僕にとってどれだけ嬉しかったかと話したら、君は照れくさそうに笑うのだろうか。

三日三晩、ほとんど寝ずに書いたそれは少し不格好だったけど、

「よし。じゃあ今日から演技練習に入れるね」

君のキラキラした瞳を見て、僕の心の天秤が嬉しさの方に傾いた。

眠気なんて初めからなかったと、錯覚した。



練習初日。

授業が始まり、そして終わるを6回繰り返した。

放課後、メインキャストとして集められたクラスメイトたちは僕と賀綿さんを交互に見て、

そして僕の顔と脚本を交互に見ていた。

みんな、不思議そうな顔をしながら。

ヒロインのジュリアに選ばれたのは佐野茜里さん。相手役は、花見遼くん。

佐野さんは賀綿さんの親友というイメージが強かったから、すぐに覚えた。

そしてまた花見くんのことも、クラスで人気の男子だからと覚えることが出来た。

「ささ!みんなやるよ〜!」

君がみんなに声掛けをして、自然と周りに人が集まる。

僕がやったって誰も集まらないだろうから、と一瞬自己嫌悪に陥って、

後に続く君の声でこの世界に戻ってくる。

「じゃあまずここのセリフ覚えて!30分後に台本見ながら合わせるよ〜」




僕たちはそうやって毎日毎日、日が暮れて学校から追い出されても練習を重ねた。

ある日は学校近くの河川敷で、

ある日は誰かの家で、

ある日はあの、木がある公園で。

僕はしばらくの間、公園で読書する習慣をすっかり忘れて過ごした。

「ねえねえ久々野くん!この動きって…」

「久々野くん久々野くん!このセリフなんだけどさ、」

そして僕は段々と、このクラスに馴染んできていた。

あの日は確か8月で、今は9月の終わり。

君と知り合ってから、僕にはずいぶん友達が出来た。

初めはなかなか声をかけてくれなかった子とも次第と打ち解けるようになって、

「慈〜。この時大道具どうする?」

「ここは…このタイミングではけたらどうかな」

そして君は、1か月前とは比べられないくらい僕に心を開いてくれていた。

同じような日々の繰り返しで飽きないのか、と言われるとそんな気もするけれど

それよりも、君と─摘香といられる時間が多い事の方が僕にとっては大きかった。

「じゃみなさん、最初から通してみましょう!」

そして気がついたら、文化祭本番まであと1週間というところまで来ていた。
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