桜の鬼【完】
「悟………」
「お前は、湖雪様と結ばれるべきだ。家など棄ててしまえ。お前はお前を貫け」
「だが……」
「お前は、人を――湖雪様を愛したのだろう?」
遙か昔。鬼との血が混じった虹琳寺一族。人を愛し、裏切られ。また、愛する。彼らはだんだんと人間になっていった。
「なかなかいいことを言うな。虹琳寺の」
声が。どこからともなくして、悟が振り仰げばすぐ近くに一人の男が立っていた。
いつの間に? 戸が開く音はしなかった。いや、もしかしたら夏桜院の家にも隠し通路があるのかもしれない――なんて思ったが、男の様相を見た悟は、すぐさま彼が人外であることを悟った。
浴衣のように薄い着物は、冬には不釣り合いだ。雪国夏桜院では凍死してしまうのではないだろうあか。そして深紅の長髪。これは間違いなく――
「あなた――いや、貴殿は……」
「ん? 湖雪の父だ」
「………はい?」
湖雪様の……父? それは夏桜院のご当主ではないのか……?
「惣一郎。まだ息はあるな?」
男の視線が惣一郎に向いたので悟も惣一郎を見れば、息苦しそうに胸元を押さえていた。
「惣!?」
まさか……保たないというその期限は、これほど深刻に迫っている問題だったのか?
「虹琳寺の。お前の弟は馬鹿者だなあ」
男は片膝をついた。
「馬鹿で鈍感で愚直で。俺の娘の夫にお前以上の奴がいるか。馬鹿者が」