桜の鬼【完】
櫻は惣一郎を放り、廊下につながる戸に手をかけるとそのまま開いた。
「湖雪。盗み聞きは感心しないな」
いきなり戸を開けられた反動でこてんと畳の上に倒れたのは、顔を真っ赤にさせた湖雪だった。
「湖雪……!? お前……何して……」
「愛する愛する惣一郎様の本音が聞けるとそそのかしたらついてきた」
「盗み聞きさせたのは貴方じゃないか!」
惣一郎は体調が悪いのも忘れて噛みついた。
「まあ、そう言うな。惣一郎、お前は生きたいんだな?」
「………」
「素直に言え。気持ちは誰も咎(とが)めはしない」
「……惣一郎様」
湖雪が惣一郎ににじり寄り、冷たいその手を取った。
「生きてください。私と一緒に……」
「湖雪……」
「愛しております。私は、惣一郎様としか未来が考えられません」
愛しております。あなただけを。
「……湖雪」
手を摑み、抱きよせる。淡雪の少女は、しかし消えなかった。確かに温かな体温で、惣一郎の腕に収まった。
「湖雪……俺はお前といたい。でも、俺には未来は望めない」
呪を受けた身体。一秒ごとに蝕まれていく。櫻を呪うほど鬼に墜ちた者の呪は並大抵ではない。虹琳寺惣一郎だから、鬼の血を継いだ惣一郎だから、あの日から今日まで生きてこられたのだ。
「ならば、私も一緒に逝きます」