桜の鬼【完】
息苦しいが、自分は本来この場にいる人間ではないのだから、息苦しいのは仕方がない。
食事を終えると、幹人が口を開いた。
「湖雪。今日は敬人叔父上が来る。早く帰ってきなさい」
「……はい」
そんなこと、夢で視て知っている。
そう言ったら幹人はどうするだろう。
湖雪を物の怪でも見るようになるか。はたまた本当に予言の子とでも思うのだろうか。
さっさと食事を終えると、湖雪は学校へ向かった。
湖雪は、友人はつくらない。名門夏桜院の名に与ろうとする輩は多くいるが、大抵相手にしない。それがいい気になっているだのと噂されていることを知っている。そして最後は必ずこう結ぶ。
『妾腹のくせに』
言葉の痛みにはもう慣れた。十年間言われ続けてきたのだ。今更傷つくことはない。
学校での湖雪の成績は優秀だ。家に居ても学校に居ても、勉強以外にすることがないのだから仕方の無い結果とも言えよう。
湖雪という名すら、幹人が月に一度呼べばいい方で、なければ己の名すら見失う。
それが、夏桜院湖雪という存在。