桜の鬼【完】
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桜の古木から、雪が花びらのように降り注いでいる。
季節はまだ迎えず、命には早い時だった。
鬼の求め続ける彼女の名と、同じ頃。
桜は古木となり、永い時間を教える。
瞼を持ち上げた湖雪は古木を見上げる女性たちに気づいた。
『深雪、私、この家に嫁ぐことに決まったわ』
口の紅がよく似合う女性が古木を見上げる。
『……幹人様に?』
もう一人、隣に女性がいた。湖雪は目を見開く。――湖雪は彼女を知っていた。
『ええ。浮き名の多い方と聞くけれど、私も鳥羽(とば)の娘に生まれてしまったもの。これは覆らないわ』
『早子……。強いわね、あなたは』
『負けず嫌いなだけよ。深雪には負けるわ。……深雪はどうするの?』
『変わらないと思うわ。変わらずこの家に置かれ続けると思う。お兄様には、私こそ逆らえないわ。……ねえ、早子。赤ちゃんが生まれたら、私にも抱っこさせてね?』
『私に望めるかわからないけど、いいわよ。逆もありなら』
『私こそないわよ。でも、いつか二人の赤ちゃんが一緒に遊んでくれたりしたらいいなあ』
『そうね。……夢、ね』
早子と女性の影が雪に消されていく。
湖雪は唇を噛みしめて涙をこらえた。
夢、だったのだ。総てが。……湖雪が生まれてきたことも、夢だったらいいのに。
「早子、様……」