桜の鬼【完】
六 桜の命の終わり
桜が――雪に照らされるように咲いた。
「………残酷に咲いたものよ」
桜の古木の幹に腰をかけた櫻は、一瞬にして咲き誇り花びらを散らせた桜を見て、呟いた。
この障子戸の向こうには、仲睦まじく寄り添う恋人がいるのだろう。……桜の運命に翻弄される鬼の子孫。
一人は自分の血を引き、一人は他の鬼の血を引いた人間。
「………」
櫻は湖雪を《ゆき》だと思っていた。しかし、彼女は違う。湖雪は《ゆき》ではない。それはもちろん同一人物ではないという意味に止まらず、彼女は《ゆき》の転生した魂ではない。
櫻は、湖雪が《ゆき》だと思っていた。彼女が《夏桜院湖雪》になった日、この桜は咲いた。櫻を宿したこの古木は、鬼の求めるものを見つけた瞬間に花を開かせる。湖雪がやってきた日を最後に、桜は花を実らせていない。湖雪以前は、櫻に記憶がない。櫻は残留思念であり、生きていた櫻の一部でしかない。花が咲く度に樹が呑みこんだ《櫻》の一部が零れ出てくる。
彼女を探して。添えなかった愛しい人を探して。
「………ん? 俺はゆきに何をしたいんだ?」
ふと、疑問に思った。
こんなにゆきを探して――俺はあの子に何をしたいんだ?
助けてくれたことの礼が言えなかった。だからそれを伝えたい。……うん。まあ、それもあるんだけど。
「それだけで俺は千年も生きてきたのか?」