天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
それに対して誠は清潔感あふれる印象を第一にしていた。
金はあっても高すぎる時計も靴も仕事では使わない。
わかりやすい高級品を身につけておかず、ただ時々品のいい物、特に伝統工芸品などを使うのがポイントだ。
誠の名刺入れは『印伝』で出来た物。
『印伝』とは山梨県甲州市の伝統工芸品で、鹿革に模様をつけたものだ。
カラフルな色合い、変わった模様。
誠が司法修習生で山梨が研修先になったときに買った。
面白い柄と色で相手がそれを見て興味を引き、そこから話が弾むこともある。
若いのに渋いのを持っているね、年配の相手や実は山梨が出身でと相手が話題を振ってくる。
そういう小道具を仕込んでいるのはそういう事を考えた上だ。
どうしても遊び歩いたつけたのか、女性にもてる、軽そうというイメージを持たれやすい誠としてはまだまだ年齢でカバー出来ない物を他の物でカバーするようにしている。
そうすると最初とのギャップでうまくいくことも多い。
計算して身なりを整え物を使う誠と、質素というかこだわりの無い素子。
それが二人の性格を如実に表している。
誠がちらりと視線を横に動かせば、素子は背筋を真っ直ぐにしてパソコンに向かっていた。
不条理な作業を押しつけられているのに、素子の目は輝きを失っていない。
彼女は間違っているものに堂々と抵抗し、そして今もこの場にいる。
誠からすればそんな素子の生き方は下手だと思うけれど、反面眩しくも感じていた。
そんな誠の隣で集中して素子は仕事を進めていた。
隣に誰がいようがやることは同じ。
正直こんなに気を遣われ、嬉しいと言うよりもその余裕さが悔しさが沸いてきてしまった。
そしてそう思ってしまう自分のゆがんだ性格に一番嫌気がさす。
ようやく打ち終わって思わず大きく息を吐けば、隣から軽い笑い声。
素子は集中するあまり、途中から誠の存在を忘れていた。
「凄い集中力だったね。
僕の事なんて忘れていたでしょ」
笑顔の誠はその前には入力を終え、素子が終えるのを待っていた。
きっとここで残りを半分渡してなどと言えば、素子が余計嫌がるのは流石にわかっていたので隣でスマートフォンをいじっていることにした。
いじっていると言っても、それはとある場所への報告だ。
無音で誠から自分が先ほど写真を撮られたことなど素子は気づいていないだろう。
それも添付して送信をした。もちろん打ち込んでいる物も被写体には入っている。