天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~

「さて、終電は余裕だね、駅まで送るよ」

いやそんなと断ろうとする素子に、誠は君に何かあったとき僕が嫌だからさと、データを入れたUSBを素子に渡し、誠は再度それを受け取ってデータを消したふりをした。
元データなどとっくにクラウドへ移動してある。
素子は誠の方を向いて頭を下げた。

「本当にありがとうございました。
徹夜を覚悟してましたがおかげさまでこの時間に帰られます」
「いいって。
でも帰るその前に一つやっておこう。
会社の茶封筒一つ出して、A4入るサイズのを」

素子は戸惑いつつ誠に言われ会社の名前や住所の書かれた封筒を出すと、誠は横でメモ用紙に何かを書いた。

「封筒の表には馬場課長年賀状って書いてね。
で年賀状入れてから封をして割り印。
それをそこの壁時計と一緒に写真を撮るから」

なるほど、と素子は感心しながら封筒の表に書き込み手順通りすると、封を閉める前に誠が自分の書いた紙を一緒に入れる。

「さ、終わったら撮影」

そのメモはなんですか、と聞こうとしたがそれをさせないかのようにメモの中身を素子は確認できないまま誠に封を閉められ、仕方なく割り印を押す。
素子が封筒と壁の時計を何とか一緒に写そうとしていたら、誠がそのスマートフォンを取り上げた。

「僕が撮るから。
そうしなきゃ誰が持ってるかわからないじゃない」

そうだろうか、と素子が考える時間を持たせずに誠がさっさと指示を出し撮影を終わらせた。

「ねぇその写真僕にもくれる?」

にこにこと言われ素子はまた警戒した顔つきになった。
またハリネズミになるというか猫が毛を逆立てられている方かもと誠は思いながら、

「向こうが突然その場で消すことを要求するかも知れないでしょ。
バックアップはいくつあっても損はしない。
ということで、LINEの連絡先交換しようよ」

既に誠の手にはスマートフォン。
先ほどから誠の手順通りに進んでいて、そして正論ばかりで素子はさっきまで少し自分も認められたかもと思った自分を恥じた。
ただ終わらせれば良いと思っていたのに、プロならばこんな目線を持つのか。
いや、自分はそういうのを持てなかったから落ちたのだろうかと素子は思ってしまう。

何か沈んでいる素子の様子に誠は気がついた。
自分を卑下しやすい彼女のこと、おそらく自分の行動が彼女のプライドを傷つけたのだろう。

「これはさ、言われた指示をきちんとやってましたというパフォーマンスの為だよ。
おそらく福永さんは枚数も何も確認させられずこれを渡されたんでしょ?
リスク回避しようにももうそこは無理だからせめてあがこうかなって。
仕事柄ね、こういうのは警戒しやすい性格なんだ」
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