天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
まるで見てきたような誠の発言に思わず素子は奥歯を噛みしめる。
パワハラを受けていたって皆見て見ぬ振り。
誰もがいけないことだとわかっていたって、それを指摘することは簡単なことでは無い。
彼なりにこうやって手助けしてくれて、できる限りの安全策までとってくれる。
それなら信頼すべきだろう。
素子はスマートフォンを取り出し誠と連絡先を交換すると写真を送る。
するとすぐに誠から、お疲れ!という不思議な動物のスタンプが送られた。
じっと画面を見ている素子に誠が、
「可愛いでしょ?そのスタンプ」
「タヌキ、ですか?」
「犬だよ!!
なんでみんな間違えるんだよ?!」
急に子供のように怒る誠を見て、素子は思わず笑い出してしまい慌てて手で口を塞ぐ。
それを誠は拗ねた顔からまたいつもの笑顔になった、
「福永さん、犬派?猫派?」
「答え次第で戦争ですか?」
「きのこたけのこ戦争じゃ在るまいし」
「しいていえば犬ですね。
どっちも可愛いです」
「へぇ俺も犬派。
ならこのゆるキャラの良さも分かって欲しかった」
わざとらしいほどに肩を落とす誠に、自然と素子の口元も緩んだ。
落ち込んでいた誠はハッと腕時計を見て、
「あ、時間ヤバい。
封筒は鍵のかかる引き出しに!」
「はい!」
指示通りに素子は引き出しに入れ、誠が引き出しを動かし鍵がかかったことを確認する。
「急ごう!」
せき立てられ、誠と素子は会社を出る。
一階の通用口にいた警備員に二人は挨拶をして通り過ぎる。
だが誠は軽く振り返り既に事情を知っている警備員へ誠は目配せすると、警備員は小さく頷いた。
今会社を出る映像は消されないようにコピーを取っておくようにとの合図だ。
この警備員も本社から声をかけられた人間で、誠の業務をバックアップするよう指示を受けている。
ビルの外に出ればオフィス街と言うこともあってかまだそれなりに人はいる。
レストランや居酒屋などの飲食店もあるのでそれなりに賑わっていた。
「では気をつけてね」
改札前で誠は止まり、素子は理由がわからずに誠を見れば誠は笑う。
「僕の家はこの駅に近いんだよ。
ということで、また明日」
ほら電車乗り遅れるよと言われ、素子は未だ改札の外で見送る誠にまた頭を下げてホームへと向かった。
そうか、わざわざ駅まで送ってくれたのか。
というか、ここの近くに住むって家賃いくらなの?
素子はこれから四十分かかるワンルームマンションの家賃を考えて、また格差にため息をついた。