天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
「メール見た?」
誠は素子を送った後、スマートフォンで話しながら相手に確認する。
『見たよ、遅くまでお疲れ。
これ明日朝報告しとくよ』
相手の男が笑い声を含みながら答える。
『で、少しはお目当ての相手とお近づきになれた?
まさか今相手はシャワー中とか』
「車の音が聞こえないのか?
そうか、耳が遠くなったんだ、歳だもんな」
『お前のたった一つ上だよ!
そうか、特に男としては進展しなかったのか、可哀想に。
あの女泣かせの芝崎ともあろう男が』
「よし、もっと仕事を回してやろう」
『こっちは一つだろうと先輩だってんだ、敬え。
しかしどうすんだ?それなりの期間この状況だろ?
いい加減彼女が潰れないか?
お前にしては随分悠長じゃ無いか』
「別に意図的に伸ばしている訳じゃ無い。
法務チームの育成にも手を焼いてるんだ。
それに彼女は打たれ強いよ、呆れるほどにね」
『女遊びしてるくせにそういうのは鈍感だな、お前。
外から見て平気、本人が平気と思っていても、あと一滴で心が決壊するほどの状況だってあるんだ。
その一滴は明日落ちるかも知れない。
お前が強いと思う女性だ、そんな子が決壊したらどうなるか』
誠はその言葉に黙り込む。
こちらだって好きで伸ばしているわけではない。
彼女がパワハラに遭っていてもあの会社にしがみついているのは理由があるから。
だがこの会社にいることが、より彼女の気持ちを卑下させていっていることもわかっている。
なんて不器用で可哀想な女の子。
だけれど、あの不意打ちの笑顔と言葉がチラついて、今まで感じなかった胸の奥が少しだけチクリとする。
今更罪悪感など遅いのに。
「言われなくてもわかってるよ。
彼女にはそれなりに駒になってもらってるんだ。
上層部と掛け合ってる件、お前からも後押ししてくれ。
そうじゃなきゃ彼女が報われない」
平坦な誠の声に、相手の男は電話越しに一瞬驚いた表情になった。
思っているよりもきちんと彼女のことを考えているのか。
ただの駒と言いながらも。
裏任務を任された後輩は、子会社に行って体の良い駒を見つけたと報告をしてきたあと、仕事に支障が出るし忙しいという理由で、趣味の女遊びは段々と減っていた。
もしかしたら彼女が誠に影響を与えているのか。
それを誠が気付いているのかわからない。
ただ、誠の裏任務を考え最悪の結末だけは見たくないなと男は思った。
『お前に考えがあるってのはわかってるよ。
二兎を追う者は一兎をも得ず、何てことにはなるなよ』
「何のことだか。
そっちこそ仕事しろ」
相手の返事も待たずして誠は通話終了ボタンをタップした。
長い間彼女には証拠集めの材料になってもらった。
その報酬は自分なりに返そうとは思っている。
それは自分の裏の仕事を知られることでもあり、それこそ彼女は自分を軽蔑したまなざしでみるか、それとも視界にすら入れないかも知れない。
「本気で嫌われるのが怖いと思ってるなんてダサいな」
誠は一人うわごとのように呟くと、自分のマンションへ向かった。