天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
第一章 天と地の差
総務、経理、人事部のあるフロア。
年季の入ったパーティションで各部は簡単に区切られている。
そんな総務部の一角では、掠れた声の男が怒鳴っていてこのフロア全体に響いていた。
「だからどういう事なんだ?!」
「ですのでご報告したとおり、誰かによって予約が直前にキャンセルされていたという事です」
「そういう問題じゃない!
お前のせいでこちらは恥をかいたんだぞ!」
怒鳴っているのは総務部課長の馬場。
五十過ぎても課長止まりというところで会社からの評価がわかる。
髪の毛が薄いのを隠すように無理矢理上にブローした髪の毛が、怒鳴るたび海藻のように揺れていた。
目の前で怒鳴られているのは入社して半年以上の福永素子。
シンプルな焦げ茶色のフレームの眼鏡、髪の毛は黒の何の飾りも無いゴムでしばっている。
そろそろ27歳で入社してからそれくらいしか経っていないというのには訳がある。
そしてそんな素子が馬場から攻撃対象になって数ヶ月、今日も理不尽な内容で怒鳴られていた。
理由は、昨夜馬場が接待するはずだった店が店に行ってみるとキャンセルされていたこと。
馬場から店を指定され、その予約をさせられたのは素子だった。
素子は指示を受け、すぐに店へ電話をかけて予約は完了した。
予約が確実にすんでいるか確認できるようメールでもFAXでもいいから欲しいと店側に頼んだが、そういうことはしていないという。
そもそもその店は電話予約のみという触れ込み。
その時点で素子は警戒し、仕事で使うネットのスケジュールと個人の手帳双方に予約をした時間まで書き込んで、当然馬場に報告したことも書いていた。
そんな手帳を開き、
「16日の午後4時8分、店側に予約を済ませたとあります。間違いありません。
それにその日に課長に予約が取れたことを報告しました」
「嘘をつけ!
現に前日お前の名前でキャンセルが入ったと店側は言っていた。
私に恥をかかせるのが目的だったのは明らかだ!
おかげで相手は機嫌を悪くして接待はご破算、向こうからの受注が無くなったらどう責任を取るつもりだ?!」
「ですから私はキャンセルの電話をしておりませんので、誰かが勝手にキャンセルをしたとしか考えられません。
していないことを証明しろと言われても不可能です。
唯一出来ることと言えば、私のスマートフォンの履歴を見て頂いても結構ですし、会社の発信履歴を確認して」
「自分のミスを人のせいにするのか!!」
素子の言葉を遮るように一層馬場の声は張り上げられる。
だが同じ総務部も、近くにいる人事部も経理部も誰も顔を上げずに人ごとのように仕事を続けていた。