天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
「福永さん?」
誠は最初こそ転び掛けたことに驚いて反応できないのかと思っていたが、顔を覗き込んでみれば突然檻に閉じ込められた猫のように固まっていることに気付き、思わず吹きだした。
その反応で金縛りが解けたように素子がムッとした顔をする。
気付くと誠はその頬をつん、と突いていた。
目をまん丸にして呆然と誠を見ている素子に気付いて誠は驚く。
(なに、やってんだ、俺)
何故そんなことをしてしまったのか。
そうだ、猫のようにみえたからつい。
決してその白い綺麗な肌に触りたかったわけでは。
自分で見苦しい言い訳をしているのを打ち消し、
「ごめん。なんかフグみたいだなって思わず」
「フグ・・・・・・」
今度は素子が落ち込んでいく。
自分のフォローが最低だった事に気付き、慌てて本来の目的を思い出し実行し始めた。
「ほんとごめんごめん。
ところで酒井さん帰っちゃったかな、急ぎで欲しいって言われた参考書類持ってきたんだけど」
「既に帰られましたよ」
「マジか、まだ就業時間から三十分も経ってないってのに。
まぁ無駄な残業ばかりするよりいいけどね。
ここは誰かさんが定時に上がるからある意味良いのかも」
書類の入った封筒を持っている誠を見て思い出す。
「昨日は遅くまで一緒に手伝って頂きありがとうございました。
今朝課長にあの封筒を渡したのですが、そこにメモが入っていてそれを読んだ課長は顔を真っ赤にして私を追い払ったんです。
一日機嫌が悪いのに怒鳴られなかったのは初めてで。
あのメモには一体何を書いていたんですか」
「福永さんって課長にいつも怒鳴られてるの?」
失言に気付いて誠を見れば、目は笑っているようで鋭い。
逃げるように俯くと、その頭に大きな手が乗った。
「よく、頑張ってるね」
急にぐっと素子の喉が締め付けられる。
涙が溢れそうなのを隠すように顔を背けた。
「セクハラです・・・・・・」
「あ、ごめん、何でかそうしたくなって」
「フグの次は何ですか」
「ごめんって」
素子は声が震えているのを必死に堪えながら誠に目線を合わせずにそんなことを言うと、誠は素子が抑えている感情に気付かないふりをしてそう返す。
(駒になって貰ってる分、情が湧いたかな)
誠としても自分の行動がわからない。
今まで弱っている女には、すぐさま抱きしめるのが一番効果的だとわかっている。
そして優しく囁けば良い。
なのに彼女にだけは、そういうことを軽々しくしてはいけない気がする。
それはきっとコンプライアンスのことが頭にあるからだと、誠は自分を納得させた。