天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
素子が一月入社して翌月、旭株式会社は買収された。
経営方針の転換により特に今まで年功序列にあぐらをかいていた者達は、親会社から実質退職か現状維持かの二択を迫られた。
馬場はマンションのローンがあるからと会社に残ったが、親会社から仕事ぶりについてかなり厳しい指摘が入った。
それにより馬場は苛立ちを募らせ、自分より弱い者に当たるようになった。
そこでターゲットになったのが入社二年目にもならない木下ひかりだった。
元々静かな性格で他の女子と群れていないこともあって馬場が罵詈雑言を言おうが、無茶を押しつけようが、セクハラまがいをしても彼女の抵抗は弱い。
周囲も以前なら誰彼構わず当たり散らしていたのが、彼女を生贄に差し出せば自分たちの被害は減ると見て見ぬ振りをしていた。
そこに素子が中途採用で入り、しばらくして始まりだした馬場の木下に対するパワハラを目にして驚いた。
素子は自分が入社して間もなく、それも中途で一人だけ、同期もいない状態で誰に相談すれば良いのかわからない。
それでも素子は周囲の女性や男性に助けなくて良いのかと何度も尋ねたが、むしろそれを面倒がられて素子が近づいてきても無視したりする。
おかげで仕事を学んでいた途中だったが、素子はほぼ自分一人で仕事を学んでいくしか無くなった。
ある日、真っ青な顔で震えながら馬場に叱られる木下をみて我慢できず、素子は木下と馬場の間に割って入った。
『木下さんが怯えています。
課長のしていることはパワハラではないのですか?』
だがその行為は、庇ったはずの木下に恐ろしい目で睨まれた。
貴女のせいで余計に酷くなる、どうしてくれるの、と。
馬場はあの新入社員は生意気だ、徹底的に指導すると騒ぎ立てた。
素子は自分の行動で馬場に煙たがられることは覚悟していたが、まさか被害者である木下に睨まれるほど嫌われるなど想像もしていなかった。
木下は四月から会社に来なくなりほどなく自己都合退職、そして馬場のターゲットは素子になった。
当然周囲は助けるはずも無く、今もそれは続いている。
彼女を助けたことは彼女にとっては迷惑なだけで、ただの自己満足かも知れない。
だけれどあんな酷い状況を見て見ぬ振りをするだなんて、自分の中の正義が許さなかった。
だから後悔はしていない。
そのやり方が正しかったのか、未だに答えは出ていないが。