天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
あんな真似、誠のその言葉に素子は非難されているのはわかった。
酒が入っているのに、妙に素子の心が冷めてくる。
「あの時見て見ぬ振りをすれば後悔したからです」
一言、素子の目の強さに誠は気付きながら質問を続ける。
「助けた相手は感謝した?」
「別に感謝を求めてやったわけじゃありませんから」
「偽善だな。
心のどっかではそういうの期待するものだと思うけど」
「芝崎さんはいつも期待して行動するんですか?」
「聖人君子じゃないんだからそれなりの下心は無意識にあると思うよ。
それを僕が気付いてないってだけで」
その言葉に素子は黙り込んだ。
最後の指摘は正しい。
木下を助けたことに後悔は無くても、あの対応をされたときにはそれなりにショックを受けた。
ショックを受けたというのは、期待していたからこそ。
だから誠の指摘が素子には辛い。
「そう、ですね、芝崎さんの言うとおりです。
それは自分で見て見ぬ振りしていたところだと思います」
素子はしばし視線を下げていたが、誠をしっかりと見て答えた。
今度は誠の方が驚く。
こんなにも簡単に同意してしまうのかと。
自分が批判されていることくらい気付いているはずだ。
彼女は自分を卑下しやすいから流されるのか、と思ったがその表情に落胆もショックも見受けられない。
ただそうだ、と受け止めただけ。
それは諦めたからでも無く、自分でもその批判をわかっているということ。
それが簡単なようで簡単では無い事を、大人になればよりわかる。
(彼女の強さはここにもあるんだろうか)
素子の目は諦めることもなくその強い目に、誠は一瞬魅入られそうになった。
「凄いな」
心から出た言葉。
誠が馬鹿にすることも無く呟くように言ったので素子はその意味がわからない。
戸惑ったような表情の素子を見て、
「純粋に凄いなって思ったんだ、福永さんが」
「それはどういう」
「福永さんは打算で動いてないんだよ。
さっき言った僕の言葉は誰だって思うことで、その前の行動は誰もが出来ることじゃない。
間違っていると思ったから、助けたいと思ったからでしょう?
そういうの、僕はあまり持ってはいないから」
今度はそんな言われ方をして素子は誠の真意がわからない。
きっと馬鹿にしているのでは無いか、それも仕方が無いと思ったところでこういう台詞。
自分の行動に初めてそんな言葉を掛けて貰い、素子の胸が熱くなる。