天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
素子は自室でぼんやりテレビを見ていた。
1DKの狭い部屋にはベッドが大きく見える。
そんなベッドにもたれながら過ごしているとインターホンが鳴った。
時間を見れば夜の11時を回っている。
こんな時に鳴ったことがないので、素子は不安になりながらインターホンの画面を見た。
そこに映っていた人に素子は驚き、何度も鳴るインターホンの応答ボタンを押すと腕に痛みが走って素子は顔をしかめる。
「芝崎さん?」
『夜遅くごめん!福永さん入れて!』
切羽詰まったような誠の様子に、もしかして仕事で何かあったのではとマンションのオートロック解除ボタンを押した。
しばらくして玄関のインターホンがなり、素子は確認もせずにドアを開ける。
そこにはジャケットを脇に抱え、息を切らせた誠が立っていた。
「手、怪我したって」
有無も言わせず玄関の中に入ってきた誠は、素子の手を掴む。
ドアがバタンと閉まりそんな音も耳に入らず、誠の目には左手首に巻かれた真っ白な包帯が目に飛び込んだ。
素子はハッとして誠の手を振り払って、その手を後ろに隠す。
「実際は何があったの」
聞いたことも無い誠の低い声に素子の身体はビクリと揺れる。
(昨日のこと知ってるんだ。
でもきっと聞いたのは私には不利な内容のはず。
そもそも誰も証人になってくれるわけが無い)
俯いた素子の表情に誠は気付き、自分が愚かな行動と発言をしたことに気付いた。
こんな風に尋ねたって、馬場達からのパワハラを独りで耐え続けた彼女は助けを求めてはくれない。
あれだけやりとりをして勝手に距離が縮まった気持ちでいた。
だから何かあれば頼ってくれるかも、などと思う方が愚かだったのだ。
全て自分が悠長にしていたせい。
拳を握りしめ、その手を広げるとそっと素子の両肩に手を置いた。
驚いて見上げる素子に、
「有給、大量に残ってるでしょ」
「あ、はい」
急にそんな話題を振られ、困惑する。
「年に5日有休消化が義務化されてるのに福永さんが一日も使ってないって会社側から聞いてたから、まずは5日休んで。
僕から会社に申請しておくから」
この間にけりをつけよう。
そう思ったが、素子は悲しそうな表情を少しだけ浮かべた。
なんだかやはり会社には自分は入らない、そう言われた気がした。
誰だって私などより他の社員を信じるはず。
やっかい払いされる準備なのだろうかと素子は思ってしまった。
「ごめん、もしかして誤解させた?」
素子が顔を上げる。
「俺は福永さんが何かしたなんて思ってない。
一人で今も我慢してたんだね。
それなのにあんな言い方してごめん」
素子の喉が締め付けられ、涙が出そうなのを止めるため歯を食いしばり誠から顔を逸らす。
必死に泣くのを我慢している素子を、たまらず誠は抱きしめた。
「全部俺が悪いんだ。
ちゃんとけりをつけるから、あと少しだけ待ってて」
素子にその意味はわからない。
だが誠のその声は強く、素子に誠の覚悟が伝わってきた。
細身と思っていた誠の身体は素子にはとても大きく、そしてシャツ越しに厚い熱が伝わる。
走って来たせいで上がった誠の熱は素子が不安がっていた気持ちを溶かし、誠を信じるという決意を抱かせた。
素子は自分をしっかりと抱きしめるその背中のシャツを軽く握りしめた。