天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
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馬場は出張から戻り会社に出社する予定だったが、急遽本社に出張先から来るよう連絡を受け、本社の入るビルのロビーに着いた。
渋谷にある高層ビルの高層階に親会社であるGrassコーポレーションが入っている。
久しぶりの楽しい接待出張と聞かされていたが、まさか他の会社の新人社員と一緒に村の農作業を手伝わされ、馬場はその若者達の中で完全に浮いていた。
当然だ、周囲も何故あんな年齢の人がと話すのも聞こえ、馬場は腹が立つ。
会社では当たり散らすことが出来ても、そこでは誰に当たることも出来ない。
本社からは今回の件を踏まえSDGsについてレポートを求められていてふざけるなと思った。
せめてレポートはあの女にやらせよう。
そう怒りの矛先を考えていた帰り際、本社からの連絡。
今後新人社員の教育方法の候補の一つに今回の農作業が入っていたらしく、今回の出張について直接意見を聞きたいという。
ガラス張りのビル、一階のホールは二階分吹き抜けでとても明るい。
今いる古い会社とは比べものにならないほど近代的なビルに馬場の頬が緩む。
もしかして今回の出張は、本社へ移動する布石なのではと馬場は思い始めた。
そして呼ばれた部屋で馬場は凍り付くことになる。
中にはまるで面接のように大きな窓側にテーブルと五人の男達が座っていた。
部屋の真ん中には、彼らの座る重厚な椅子とは正反対のパイプ椅子が一つ。
その椅子に馬場は問答無用で座らされ、席の真ん中に座る男が細いフレームの眼鏡を掛け、鋭い視線で馬場を見据えた。
男は眼鏡のブリッジを指で押し上げる。
「Grassコーポレーション副社長の芝崎零です。
他に法務部の弁護士二名、人事部などが同席しています。
では馬場さん、あなたのパワハラについてこちらで調査した内容をお伝えします。
芝崎、進めて下さい」
零の隣に座っていた誠が座ったままにっこりと笑顔を浮かべているが、その目は一切笑っていない。
馬場は誠の顔を見て、身体がカタカタと震えていることに気付いた。
誠は各自の目の前に置いてある証拠が集められた分厚いファイルを手に取ると、氷のような目で馬場を射る。
「あのメモをご覧になったように僕自身が証人です。
いやはや、ここまで長かった。
ですが、いくらなんでもあんなことをするとは思いませんでしたよ。
貴方が福永さんにしたことは暴行罪に問えると言うことを理解して下さい。
さて、ゆっくりと馬場さんにもわかるように貴方の所業について報告をしていきましょうか」
馬場は呆然としたままで、誠の読み上げる内容など一切頭に入ってくることはなかった。