天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~

『今良いかな』
「はい」

急に砕けたような声。
だが一体何の電話なのか素子にはわからない。

『明日会社だよね。
突然で悪いんだけど本社に直接来てくれるかな』
「本社って、Grassコーポレーションですか?」

もちろん親会社の名前くらいは知っている。
だが素子は今の会社で精一杯で、買収された親会社とあまり関わりが無かった為に急に言われても詳しいことはあまり浮かんでは来ない。

『そう。
渋谷に本社があるんだけど所在地はわかる?』
「はい、サイトを見れば多分」
『なら本社の受付に明日十時に来て』
「あの、本社には何の理由で呼ばれるのでしょうか」

戸惑いの伝わる素子の声に、すぐ誠は返せなかった。
本当なら今すぐ理由を言ってしまいたい。
だがそれは直接報告すべき事。

『色々と話すことがあるんだ。
電話だと行き違いとか起きやすいからね。
なので明日は本社に直接来て下さい』
「わかりました」
『手の具合はどう?』
「数日腫れましたが今は痛みもだいぶ落ち着きました」
『そっか。でも重いものとか持たないようにね。
では、明日』
「はい、明日伺います」

通話を終了し、誠は椅子の背もたれにもたれかかる。
法務部は仕事上完全に区分けされた部屋が割り当てられている。
そんな中で誠は一人残っていた。
明日は彼女に全てを告げなければならない。
きっとこれで彼女との関係も。

スマートフォンで素子とのメッセージのやりとりを見返す。
彼女はこんなことをしているなんて知れば、きっと軽蔑しそうだ。
女々しいとわかりながら平穏だったと思えるやりとりを眺めていると、メッセージが届いた。

『お仕事忙しいかと思いますが、どうぞお体大切に』

そのメッセージには誠が開いていたために、すぐ既読がついたはず。
素子はすぐさま既読がついた意味など深く考えることも無いのだろうが。

『ありがとう。福永さんもね』

まだ仕事中なんて送ったらもっと心配を掛けそうだと思いつつも、彼女に心配して欲しい気持ちにもなる。
こんなやりとりもおそらくこれで最後になる可能性が高いのに。

「初めての裁判の判決聞く前日より、きっと緊張してるな」

誠は苦笑いを浮かべて、パソコンに視線を戻した。

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