天秤は愛に傾く ~牙を隠した弁護士は不器用女子を甘やかしたい~
「どうしてこういう事になったのか、順を追ってお話しします。
私達本社が馬場課長のパワハラを知ったのは、退職した木下ひかりさんから本社宛に届いたメールが発端でした。
ほとんどが本社に対する恨み辛みで、こちらもまだ買収してまもない会社のためそういう事情は把握していませんでした。
我が法務部にはコンプライアンス室もありまして、本社としてもまずは状況の把握、そして出来れば情報収集に入ることになったんです。
元々法務チームの立ち上げは決まっていて弁護士以外の社員を行かせる予定でしたが、その告発が時期と重なったので急遽芝崎をチームリーダーとして決め、同時に会社でパワハラなどの問題が起きていないのか調査することになりました。
そこで福永さんが馬場課長からパワハラを受けているらしいと言う情報を手に入れ、その証拠収集に移行しました。
芝崎も本社の仕事、法務チーム立ち上げ、証拠集めなどで奔走していまして、かなりハードな日々だったと思います」
小暮が淡々と話す中、素子は聞きながら頭は異様に冷めていた。
彼が時々私に話しかけていたこと、そして手伝ってくれたこと。
あの食事も、あのやりとりも、全てその為だった。
それがわかって素子は芝崎が自分に接近してきた理由を理解出来た反面、頭が冷えすぎて心も凍っていくようだ。
表情を無くしている素子に気付いた小暮は、
「貴女に芝崎が近づいた理由はお察しの通りです」
素子は俯きがちになったまま唇をぎゅっと噛みしめる。
「私は芝崎の一つ上で先輩でもあり、付き合いもそれなりにあります」
小暮は急に話を変え自分用の湯飲みをとって半分飲むと、また話し出した。
「ですが、あいつは貴女を証拠の一つだなんて思っていませんよ」
素子は意味が分からない。
先に言った話なら、自分は証拠として必要だったからあんなに優しくしてくれた。
それが違うとでも言うのだろうか。
「その辺は後で芝崎本人に聞いて下さい。本題に戻りましょう」
にこりと素子に笑いかけた小暮は表情を仕事モードに切り替える。
「芝崎からもたらされる情報は随時本社で検討していましたが、もう十分に証拠は集まったと言うことで解雇の決定、本人への聴取、そして解雇予告をしました。
現在彼は有給休暇消化後そのまま退職します。
貴女の不在の時にしか会社にはいけないようにしますので、そこは安心して下さい。
どちらにしろ貴女はもうほぼあの会社に行くことは無くなりますし」
「それはどういう意味でしょうか」
「貴女は今日付で本社法務部へ移動となりました」
先ほどから情報が多すぎて、最後の言葉を素子はあまり理解できていない。
小暮は笑顔を浮かべ、
「ようこそ、我が法務部へ。
歓迎しますよ、福永素子さん」